こんにちは、上原です。
早川先生、私や大森さんからの質問等にお答えいただき、ありがとうございました。やはり診療報酬は全国一律で決まっているのですね。そして、医師の報酬は別に決まっているわけではなく、それぞれ個々に決定しているとのこと、予想通りでした。
先生もおっしゃっている通り、私も医師の報酬は一律に決定した方がいいように思います。仕事の内容に応じて点数制などにして、必要な分野の報酬は高くなるようにできれば、なお良いですね。
最近、医師は人命にかかわるような科や人が集まらない大変な分野などでがんばればがんばるほど報酬的に報われないシステムになっているという問題について、テレビや新聞などでもよくとりあげられています。実際、医師の現場に報酬の不均衡、偏りが生まれているわけですが、これを解消するには、医師の報酬をできるだけ一律で公平にする以外になかなか方法はないのではないかと思いました。
さて、早川先生に「小児医療の論点」として5回にわたって投稿いただきましたが、最終的に今回は「医療とお金」の話になりました。でも、「小児医療」の現場に立つ早川先生に、ぜひおうかがいしたことは、他にもいろいろあります。
個人的には、やはり子供たちの心の問題について、早川先生にお聞きしてみたいと思っています。特に、最近、実際に小児精神科を訪れる子供たちは、どんな悩みを抱えているのでしょうか。一般的な傾向として、小児精神科の患者さんはここ10年20年で考えて、増えているのでしょうか。いつか機会がありましたら、そのあたりのお話も進めてみたいと思います。
2010年3月16日火曜日
「医療とお金」
「医療とお金」についてを拝見しました。
医師の報酬については、本当に難しい問題ですね。医師によってはモチベーションを含めて自らの医療技術の向上の目安を報酬で判断している人も多いのではないかと思います。
とはいえ、医師の能力や技量を公平に判断する方法や基準というものを作ることが可能なのかというと、とても難しいような気もします。
早川先生の「診療報酬大系のように一律に決める」という案も良いと思いますが、そこに患者の「この先生に診てほしい」という一票を報酬の判断に加える方法があると良いと思います。
無医村の村民の「この先生にいて欲しい」という気持ちを、報酬に反映する仕組みです。
中央社会保険医療協議会には患者の代表も参画しているのですが、もっと患者側がお金について色んな意見を言っていくことが必要だと思います。
医療費が無料は絵空事ではなく、フランスやデンマークでは現実に制度となっています。これはその国の国民が「執拗にそれを求めた」結果だと思います。
日本での理想は、医師と患者とでふさわしい制度を立案していく組織や団体ができて、活動の場を広げていくことだと思います。
「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」のような活動もはじまっているので、次は患者がこのような場に参加できるようにすることだと思います。
医師の報酬については、本当に難しい問題ですね。医師によってはモチベーションを含めて自らの医療技術の向上の目安を報酬で判断している人も多いのではないかと思います。
とはいえ、医師の能力や技量を公平に判断する方法や基準というものを作ることが可能なのかというと、とても難しいような気もします。
早川先生の「診療報酬大系のように一律に決める」という案も良いと思いますが、そこに患者の「この先生に診てほしい」という一票を報酬の判断に加える方法があると良いと思います。
無医村の村民の「この先生にいて欲しい」という気持ちを、報酬に反映する仕組みです。
中央社会保険医療協議会には患者の代表も参画しているのですが、もっと患者側がお金について色んな意見を言っていくことが必要だと思います。
医療費が無料は絵空事ではなく、フランスやデンマークでは現実に制度となっています。これはその国の国民が「執拗にそれを求めた」結果だと思います。
日本での理想は、医師と患者とでふさわしい制度を立案していく組織や団体ができて、活動の場を広げていくことだと思います。
「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」のような活動もはじまっているので、次は患者がこのような場に参加できるようにすることだと思います。
医療とお金について考えてみる
こんばんわ。早川です。
私の投稿に関して、大森さん、上原さんから投稿していただきましたから、私もわかる範囲でそれに応えていこうと思います。ただ、私はあくまで臨床医で、制度的なところはちょっとあいまいな記述になってしまうのはご容赦ください。まず大森さんの投稿ですが、医療体制の問題や日本の将来の話など、私も同感です。大森さんや上原さんとは仕事の分野は大きく異なりますが、考え方がとても重なるので「うんうん。そうだそうだ」とうなずくところが多いようです。「異分野の志を同じくする仲間」って、とても大事だと思います。改めてそんなことを感じました。大森さんが提起されたことは一つ一つ重要なことで、私自身いろいろ思うことはあるのですが、今回は大森さん、上原さんの両方から提起された「医療とお金」のことに絞って考えてみたいと思います。
まず、上原さんの質問に答えていきましょう。
医療費=診療報酬 と考えてよいと思うのですが、これについてWikipediaに書いてあるとおり、中央社会保険医療協議会という厚生労働省の協議会が決定します(その構成委員20人の名簿も載っています)。日本は国民皆保険制度ですから、自由診療を受けない限り医療費はこの協議会の決めた診療報酬点数どおりに決まることになります。同じ治療を受けても支払う金額が違うのは、病院と診療所で微妙に診察料が違っていたり、使う薬の薬価が違ったりなどするからです。この辺りはこれまでは患者さんたちはわからなかったわけですが、この4月から詳細な明細書(病院の詳しいレシートのようなものです)を渡すことになりましたので、4月以降に受診された方はすでに手にされたかもしれません。実はこれはとても大きな変化で、今後は勝手に不必要な検査などをされていればすぐにわかってしまうことになります。
次に医師の報酬ですが、これは全国一律に決まっているものではありません。公立病院は、法令で金額が定められています(ふつうは「医師になって何年目か」で決まります)が、これも県毎に違います。民間はそれこそまちまちです。科によっても違っていたりします。無医村などでは、都会では考えらないような高い報酬を提示して医師を求めたりしていますが、それでも医師が来てくれない、などという話はよく聞きます。最近では医師向けの転職サイトなどもありますが、中身は医師でなくとも見られるので見ていただくとよいと思います。
医者の報酬の問題は、いろいろな側面を持っているので、いくつか指摘してみますので考えてみてください。
1、医者のモチベーションはお金だけじゃない
お金のためだけに仕事をしているわけではない――というのは、どの仕事でも同じだと思います。医者は特に人から尊敬される仕事ですし、そういうモチベーションは高いです。そもそもが高所得を保証されているようなところもあります。ただ、自分の半分くらいしか大変ではない仕事をしている人が、自分の何倍も給料をもらっていたとしたらどうでしょうか?しかもその状態がこれからもずっと続くとしたら。やっぱりラクな仕事に移りたくなるのが人情ではないでしょうか。また、お金が大事か、仕事の充実が大事かといったことは、個人差もあるでしょう。
僻地でお金を出しても人が集まらないのは、この仕事がお金だけではない面を示していると思います。厳しい言い方になりますが、高い報酬を出して医師を呼ぼうとすれば、お金を大事にする医師が集まります。そういう人が十分に熱意があるかどうかは疑問でしょう。以前、NHKの「ご近所の底力」という番組で「かかりつけ医がほしい」という特集を組んでいました。ここでは、無医村で村民一体となって取り組むことで、医師がまた来てくれることになったということが取り上げられていました。僻地で働く医師が求めるのは、報酬よりもやりがいでしょう。そのためには、その地域の方々がどのような意識をもっているかが重要ではないかと思うのです。
2、高い報酬ゆえの高い要求
「高い給料もらってるんだから、これくらいして当然だろ」――これは時々患者さんに言われることです。落ち着いた状態ではあまり言われませんが、イライラしてくるとおっしゃいますから、ひょっとすると心の中でそう感じている方は案外多いのではないかと思っています。確かに、平均所得よりは多い金額を私たちはもらっています。しかし、スポーツ選手のような額ではありません。以前、何かの調査でありましたが、普通に勤務医をした場合、銀行に勤めるサラリーマンの方が生涯獲得賃金は多いようです。成功した開業医や、一部の特殊技能を持つ医師の報酬はかなり高い。しかし、ふつうの勤務医はみなさんが思われるほどではないんです。ただ医師の報酬は、プロフェッショナルとしての誇りが維持されるだけの高額でなければならないですし、医師の側もその報酬の高さに応えよう、という意識にならなければ、高い医療水準は維持できないと思います。
3、サービス業?公共の仕事?
医師の仕事はサービス業なのか――これが一番お話したいことです。
実際、今の日本の医療では、サービス業的な面を持つ医師が高い報酬をもらっているように思えます。小児救急でも、公共の仕事的である二次、三次救急よりも、サービス業的な一時救急の給料のほうが高いのが現実です。残念ながら、日本は他の分野でもサービス業優位のように思えます。確かに、医師にはサービス業的な仕事もできる面もあると思います。それも重要なことなのでしょう。しかし、そちらばかり評価してほしくはないんです。医師の仕事の本質はサービス業ではないと思うから。医師の仕事は、人の命を守るという、社会のライフラインの一つだと思うのです。私は、医師の報酬は、診療報酬大系のように一律に決まっていてよいのではないかと思います。今は、医療の分野、民間公立で偏りが大きすぎているように思います。「報酬が同じでは必要なところに人が集まらない」――ならば、診療報酬のように必要な分野の点数を高くすればよい。なによりも、仕事を金額ではなく、面白さで選ぶようになってほしいと思います。特に若い医者は純粋なところがありますから、金額が変わらなければ面白さで選ぶのではないでしょうか。医師の報酬については、大森さん、上原さんのご意見もうかがってみたいものです。
最後に、医療とお金について、一つヒントのようなお話をしておきます。
イギリスの話ですが、イギリスでは医療費をどの分野にかけるかは、地域の保健所のような機関に委ねられているようです。地域ごとに、予防医療にお金をかけたり、高齢者医療にお金をかけたり、いろいろしている。そして、国民は基本的にその地域で医療を受けるしかないから、どのような医療制度をその地域が選択するのかに、みな関心が高いようです。すみません、専門家ではないので詳細はわかりません。ただ、地域ごとに医療制度を選択できたら、関心も高まるのになあと思ってしまうのです。日本でも保健所がその地域でなにに医療費をかけるかを決められるとしたら、保健所長を選ぶのに選挙が必要になるでしょう。最近、後期高齢者医療制度の問題が取りざたされてますが、これも国民が「どうせ厚生労働省が決めることだから、自分たちが考えても仕方ないよ」と無関心になってしまったことに根っこがある気がします。やはり、これだけ民度が高まっている国で、中央集権が強すぎるのはよくないのではないでしょうか。
もっとみんなが自分の問題として考えられるためには、ある程度小さな規模の行政府が必要だと思います。
私の投稿に関して、大森さん、上原さんから投稿していただきましたから、私もわかる範囲でそれに応えていこうと思います。ただ、私はあくまで臨床医で、制度的なところはちょっとあいまいな記述になってしまうのはご容赦ください。まず大森さんの投稿ですが、医療体制の問題や日本の将来の話など、私も同感です。大森さんや上原さんとは仕事の分野は大きく異なりますが、考え方がとても重なるので「うんうん。そうだそうだ」とうなずくところが多いようです。「異分野の志を同じくする仲間」って、とても大事だと思います。改めてそんなことを感じました。大森さんが提起されたことは一つ一つ重要なことで、私自身いろいろ思うことはあるのですが、今回は大森さん、上原さんの両方から提起された「医療とお金」のことに絞って考えてみたいと思います。
まず、上原さんの質問に答えていきましょう。
医療費=診療報酬 と考えてよいと思うのですが、これについてWikipediaに書いてあるとおり、中央社会保険医療協議会という厚生労働省の協議会が決定します(その構成委員20人の名簿も載っています)。日本は国民皆保険制度ですから、自由診療を受けない限り医療費はこの協議会の決めた診療報酬点数どおりに決まることになります。同じ治療を受けても支払う金額が違うのは、病院と診療所で微妙に診察料が違っていたり、使う薬の薬価が違ったりなどするからです。この辺りはこれまでは患者さんたちはわからなかったわけですが、この4月から詳細な明細書(病院の詳しいレシートのようなものです)を渡すことになりましたので、4月以降に受診された方はすでに手にされたかもしれません。実はこれはとても大きな変化で、今後は勝手に不必要な検査などをされていればすぐにわかってしまうことになります。
次に医師の報酬ですが、これは全国一律に決まっているものではありません。公立病院は、法令で金額が定められています(ふつうは「医師になって何年目か」で決まります)が、これも県毎に違います。民間はそれこそまちまちです。科によっても違っていたりします。無医村などでは、都会では考えらないような高い報酬を提示して医師を求めたりしていますが、それでも医師が来てくれない、などという話はよく聞きます。最近では医師向けの転職サイトなどもありますが、中身は医師でなくとも見られるので見ていただくとよいと思います。
医者の報酬の問題は、いろいろな側面を持っているので、いくつか指摘してみますので考えてみてください。
1、医者のモチベーションはお金だけじゃない
お金のためだけに仕事をしているわけではない――というのは、どの仕事でも同じだと思います。医者は特に人から尊敬される仕事ですし、そういうモチベーションは高いです。そもそもが高所得を保証されているようなところもあります。ただ、自分の半分くらいしか大変ではない仕事をしている人が、自分の何倍も給料をもらっていたとしたらどうでしょうか?しかもその状態がこれからもずっと続くとしたら。やっぱりラクな仕事に移りたくなるのが人情ではないでしょうか。また、お金が大事か、仕事の充実が大事かといったことは、個人差もあるでしょう。
僻地でお金を出しても人が集まらないのは、この仕事がお金だけではない面を示していると思います。厳しい言い方になりますが、高い報酬を出して医師を呼ぼうとすれば、お金を大事にする医師が集まります。そういう人が十分に熱意があるかどうかは疑問でしょう。以前、NHKの「ご近所の底力」という番組で「かかりつけ医がほしい」という特集を組んでいました。ここでは、無医村で村民一体となって取り組むことで、医師がまた来てくれることになったということが取り上げられていました。僻地で働く医師が求めるのは、報酬よりもやりがいでしょう。そのためには、その地域の方々がどのような意識をもっているかが重要ではないかと思うのです。
2、高い報酬ゆえの高い要求
「高い給料もらってるんだから、これくらいして当然だろ」――これは時々患者さんに言われることです。落ち着いた状態ではあまり言われませんが、イライラしてくるとおっしゃいますから、ひょっとすると心の中でそう感じている方は案外多いのではないかと思っています。確かに、平均所得よりは多い金額を私たちはもらっています。しかし、スポーツ選手のような額ではありません。以前、何かの調査でありましたが、普通に勤務医をした場合、銀行に勤めるサラリーマンの方が生涯獲得賃金は多いようです。成功した開業医や、一部の特殊技能を持つ医師の報酬はかなり高い。しかし、ふつうの勤務医はみなさんが思われるほどではないんです。ただ医師の報酬は、プロフェッショナルとしての誇りが維持されるだけの高額でなければならないですし、医師の側もその報酬の高さに応えよう、という意識にならなければ、高い医療水準は維持できないと思います。
3、サービス業?公共の仕事?
医師の仕事はサービス業なのか――これが一番お話したいことです。
実際、今の日本の医療では、サービス業的な面を持つ医師が高い報酬をもらっているように思えます。小児救急でも、公共の仕事的である二次、三次救急よりも、サービス業的な一時救急の給料のほうが高いのが現実です。残念ながら、日本は他の分野でもサービス業優位のように思えます。確かに、医師にはサービス業的な仕事もできる面もあると思います。それも重要なことなのでしょう。しかし、そちらばかり評価してほしくはないんです。医師の仕事の本質はサービス業ではないと思うから。医師の仕事は、人の命を守るという、社会のライフラインの一つだと思うのです。私は、医師の報酬は、診療報酬大系のように一律に決まっていてよいのではないかと思います。今は、医療の分野、民間公立で偏りが大きすぎているように思います。「報酬が同じでは必要なところに人が集まらない」――ならば、診療報酬のように必要な分野の点数を高くすればよい。なによりも、仕事を金額ではなく、面白さで選ぶようになってほしいと思います。特に若い医者は純粋なところがありますから、金額が変わらなければ面白さで選ぶのではないでしょうか。医師の報酬については、大森さん、上原さんのご意見もうかがってみたいものです。
最後に、医療とお金について、一つヒントのようなお話をしておきます。
イギリスの話ですが、イギリスでは医療費をどの分野にかけるかは、地域の保健所のような機関に委ねられているようです。地域ごとに、予防医療にお金をかけたり、高齢者医療にお金をかけたり、いろいろしている。そして、国民は基本的にその地域で医療を受けるしかないから、どのような医療制度をその地域が選択するのかに、みな関心が高いようです。すみません、専門家ではないので詳細はわかりません。ただ、地域ごとに医療制度を選択できたら、関心も高まるのになあと思ってしまうのです。日本でも保健所がその地域でなにに医療費をかけるかを決められるとしたら、保健所長を選ぶのに選挙が必要になるでしょう。最近、後期高齢者医療制度の問題が取りざたされてますが、これも国民が「どうせ厚生労働省が決めることだから、自分たちが考えても仕方ないよ」と無関心になってしまったことに根っこがある気がします。やはり、これだけ民度が高まっている国で、中央集権が強すぎるのはよくないのではないでしょうか。
もっとみんなが自分の問題として考えられるためには、ある程度小さな規模の行政府が必要だと思います。
医療の問題=金の問題?
こんにちは、上原です。
早川先生による「小児科医療の論点」、とても興味深く読ませていただきました。
知らなかったこと、驚いたこと、もっと知りたいと思ったことなど、たくさんあったのですが、今回私から投稿するにあたっては、あえて一つの問題に焦点を絞ってみたいと思います。
それは「医療とお金」です。この場合、お金というのは、患者が病院に支払う医療費という意味と、医師が受ける報酬という二つのことを意味しています。このブログでも何度かふれてきましたが、結局、医療の問題のうち、もっとも大きな問題の一つは、「金の問題」という気がしてなりません。医療は業種や職業の一つである以上、お金と切り離して考えるわけにはいきません。しかし、医療は単なる仕事と割り切るわけにもいかないので、お金と切り離して考えざるを得ないのもまた事実。この矛盾が様々な問題を生んでいるのでしょう。
まず、患者が病院に支払う費用についてですが、高齢者にせよ、小児にせよ、救急医療にせよ、いずれにせよ完全無料化に私は反対です。早川先生も書いてらっしゃいますが、完全に無料化すると、たいしたことないのに医療にかかる人が増えるし、どうしても医療の質の低下につながると思います。安くてもいいから、少しでも自己負担費用を設定した方がいいと思います。いくらが適切な値段かというのは、難しいところではありますが。
で、非常に初歩的な質問で恐縮なんですが、医療費というのは、いったい、誰がどうやって決めているのでしょうか。厚生労働省が「点数」というのを決めているのですよね? でも、実際は、同じ治療を受けても、かかった病院によって医療費は違うように思うのですが、これはなぜなんでしょう。それとも、厳密に完全に同じ治療であれば、医療費はどこでも同じになるはずなんでしょうか?
そしてもう一つ、医師に支払われている報酬の問題ですが、これもいったい、誰がいつどこで決めているのでしょうか。各病院が勝手に決めているということでしょうか? 早川先生が「小児科の論点・第1回(4月6日)」で書かれていましたが、同じ麻酔科の医師でも国立のがんセンターだと年収700から800万ぐらいで、民間病院だと1000万を軽く超えるという、これほどの差はどうして生まれるのでしょう。
素直な頭で考えると、大変な仕事、キツイ仕事、なり手がすくない仕事には、多額の報酬がつくものです。なのに、その正反対になってしまうというのは、いったいなぜなんでしょうか。私には、不思議でたまりません。そんなに報酬に差があったら、民間病院を選ぶ医師が多くても当然です。大変な仕事やキツイ仕事を担当してくれる医師を募るにあたって、それにみあった報酬ではなく、個々の医師の倫理性と使命感だけが頼りとあっては、あまりにも非現実的な仕組みとしか言いようがありません。
しいていえば、そうした大変な仕事を安い報酬で担当してくれる医師に対して金銭の代わりに送られるのは、市民からの感謝の念と尊敬の念ということでしょうか。しかし残念なことに、利己的でわがままな患者も増えていて、それすらままならなくなりつつある、そんな気がしてなりません。
早川先生による「小児科医療の論点」、とても興味深く読ませていただきました。
知らなかったこと、驚いたこと、もっと知りたいと思ったことなど、たくさんあったのですが、今回私から投稿するにあたっては、あえて一つの問題に焦点を絞ってみたいと思います。
それは「医療とお金」です。この場合、お金というのは、患者が病院に支払う医療費という意味と、医師が受ける報酬という二つのことを意味しています。このブログでも何度かふれてきましたが、結局、医療の問題のうち、もっとも大きな問題の一つは、「金の問題」という気がしてなりません。医療は業種や職業の一つである以上、お金と切り離して考えるわけにはいきません。しかし、医療は単なる仕事と割り切るわけにもいかないので、お金と切り離して考えざるを得ないのもまた事実。この矛盾が様々な問題を生んでいるのでしょう。
まず、患者が病院に支払う費用についてですが、高齢者にせよ、小児にせよ、救急医療にせよ、いずれにせよ完全無料化に私は反対です。早川先生も書いてらっしゃいますが、完全に無料化すると、たいしたことないのに医療にかかる人が増えるし、どうしても医療の質の低下につながると思います。安くてもいいから、少しでも自己負担費用を設定した方がいいと思います。いくらが適切な値段かというのは、難しいところではありますが。
で、非常に初歩的な質問で恐縮なんですが、医療費というのは、いったい、誰がどうやって決めているのでしょうか。厚生労働省が「点数」というのを決めているのですよね? でも、実際は、同じ治療を受けても、かかった病院によって医療費は違うように思うのですが、これはなぜなんでしょう。それとも、厳密に完全に同じ治療であれば、医療費はどこでも同じになるはずなんでしょうか?
そしてもう一つ、医師に支払われている報酬の問題ですが、これもいったい、誰がいつどこで決めているのでしょうか。各病院が勝手に決めているということでしょうか? 早川先生が「小児科の論点・第1回(4月6日)」で書かれていましたが、同じ麻酔科の医師でも国立のがんセンターだと年収700から800万ぐらいで、民間病院だと1000万を軽く超えるという、これほどの差はどうして生まれるのでしょう。
素直な頭で考えると、大変な仕事、キツイ仕事、なり手がすくない仕事には、多額の報酬がつくものです。なのに、その正反対になってしまうというのは、いったいなぜなんでしょうか。私には、不思議でたまりません。そんなに報酬に差があったら、民間病院を選ぶ医師が多くても当然です。大変な仕事やキツイ仕事を担当してくれる医師を募るにあたって、それにみあった報酬ではなく、個々の医師の倫理性と使命感だけが頼りとあっては、あまりにも非現実的な仕組みとしか言いようがありません。
しいていえば、そうした大変な仕事を安い報酬で担当してくれる医師に対して金銭の代わりに送られるのは、市民からの感謝の念と尊敬の念ということでしょうか。しかし残念なことに、利己的でわがままな患者も増えていて、それすらままならなくなりつつある、そんな気がしてなりません。
小児医療の論点 - 早川先生の投稿へ(意見と質問)
早川先生、診察や当直そして学会などでお忙しいにもかかわらずご投稿していただきまして本当にありがとうございます。先生にご協力いただくことで、本サイトもタイトルどおりみんなが幸せになる医療を考え、実現するための大きな一歩を踏み出すことができたと思います。
さて、早速初回から小児科医療という難しいテーマになりましたが、まずは私、大森から意見と質問を述べさせていただきます。
1)小児科医は男性女性どちらがよいか
小児科医が増えているというのは予想外でしたが、特に女性が小児科医を目指すということは、お産をするお母さんたちにとって心強く、かつ同じ気持ちがわかるので良いことですね。しかし、当直など深夜の往診などのためにも男性女性バランスの取れた医師の配置が必要だと思います。
2)医師の報酬設定
私も医師の医療の技術の質によって報酬を決めるのがよいと思います。医療保険制度との関連もあるので自由診療などの制度に関する議論も必要だと思います。
さて質問ですが、医師の診察の評価基準と方法はどのようにしたら現実的なのでしょうか?
誰(または組織?)が評価するのか、できるのか?医師と患者の第三者機関?または医療系官僚とかでしょうか?
また、そのような期間を設けた場合の各地方ごとの評価する基準と質は均等に保てる方法はあるのでしょうか?
3)医療費の捻出
子供を生む世代は経済的にも一番大変です。特に20代から30代はまだまだ給与もよい状況ではありません。いまは低成長期時代といわれて賃金も上がりにくいのが実情です。そこで、奨学金のように国がお産のために制度を新設するのがよいと思います。ただし、医療費も払わないフリーライダー(タダ乗り)の患者が増えているのでいっそのこと出産に関する医療費はすべて無料にするということにしたほうがよいかもしれません。やはり、医療費をどこから捻出するかが大きな問題ですね。医療問題はお金で解決しなければならないことが多々あると思います。悩ましいのは資源をどこから持ってくるかですね。
4)病院の体制
先輩医師の不在による若手へのノウハウや知識の継承がなされていない、とのご指摘がありました、これはとても深刻な問題です。たとえば夜勤も含めてチーム体制を組む病院に対しては診療報酬を増やす。小児科医を特定の病院に集約して専門性と運用を高める。早川先生がご提案されている看護師による訪問制度はよいと思いますし、お産婆さんの免許と役割を明確にしてお産婆さんたちで法人を作れるようになってもよいのではないでしょうか。お産婆さん、助産婦さんたちの仕事の領域の明確化と医師と看護師の効果的な連携制度を確立するのがよいと思います。
5)将来が不安なニッポン
今の日本は老人も壮年も若者も日本の将来が本当に不安なのです。この数年、北海道では多くの老人が冬の間は一日中近くのスーパーで暖を取って凌いでいるのだそうです。しかしその老人は一千万円ぐらいの貯金は持っているそうで、つまり、将来が不安だから貯金を使えない、ということなのです。高度成長期は核家族化で生産効率を上げるのが合理的でしたが、今の時代は核家族志向は無駄が多いと思います。たとえば、大家族や親と同居や近くに住む家族の税制を優遇するとか、大家族の医療費と住宅建築費を援助するなどの方法で日本人のスタイルを変えていく必要もあるのではないかと思います。
小生の母も介護保険の適用でサービスを受けていますが、いまの日本の介護制度は親子が離れて暮らしたほうがより得になることもあります。制度や法律を作る人たちに将来のビジョンに合わせた、一貫した仕組みづくりを期待したいです。
よろしくお願いします。
さて、早速初回から小児科医療という難しいテーマになりましたが、まずは私、大森から意見と質問を述べさせていただきます。
1)小児科医は男性女性どちらがよいか
小児科医が増えているというのは予想外でしたが、特に女性が小児科医を目指すということは、お産をするお母さんたちにとって心強く、かつ同じ気持ちがわかるので良いことですね。しかし、当直など深夜の往診などのためにも男性女性バランスの取れた医師の配置が必要だと思います。
2)医師の報酬設定
私も医師の医療の技術の質によって報酬を決めるのがよいと思います。医療保険制度との関連もあるので自由診療などの制度に関する議論も必要だと思います。
さて質問ですが、医師の診察の評価基準と方法はどのようにしたら現実的なのでしょうか?
誰(または組織?)が評価するのか、できるのか?医師と患者の第三者機関?または医療系官僚とかでしょうか?
また、そのような期間を設けた場合の各地方ごとの評価する基準と質は均等に保てる方法はあるのでしょうか?
3)医療費の捻出
子供を生む世代は経済的にも一番大変です。特に20代から30代はまだまだ給与もよい状況ではありません。いまは低成長期時代といわれて賃金も上がりにくいのが実情です。そこで、奨学金のように国がお産のために制度を新設するのがよいと思います。ただし、医療費も払わないフリーライダー(タダ乗り)の患者が増えているのでいっそのこと出産に関する医療費はすべて無料にするということにしたほうがよいかもしれません。やはり、医療費をどこから捻出するかが大きな問題ですね。医療問題はお金で解決しなければならないことが多々あると思います。悩ましいのは資源をどこから持ってくるかですね。
4)病院の体制
先輩医師の不在による若手へのノウハウや知識の継承がなされていない、とのご指摘がありました、これはとても深刻な問題です。たとえば夜勤も含めてチーム体制を組む病院に対しては診療報酬を増やす。小児科医を特定の病院に集約して専門性と運用を高める。早川先生がご提案されている看護師による訪問制度はよいと思いますし、お産婆さんの免許と役割を明確にしてお産婆さんたちで法人を作れるようになってもよいのではないでしょうか。お産婆さん、助産婦さんたちの仕事の領域の明確化と医師と看護師の効果的な連携制度を確立するのがよいと思います。
5)将来が不安なニッポン
今の日本は老人も壮年も若者も日本の将来が本当に不安なのです。この数年、北海道では多くの老人が冬の間は一日中近くのスーパーで暖を取って凌いでいるのだそうです。しかしその老人は一千万円ぐらいの貯金は持っているそうで、つまり、将来が不安だから貯金を使えない、ということなのです。高度成長期は核家族化で生産効率を上げるのが合理的でしたが、今の時代は核家族志向は無駄が多いと思います。たとえば、大家族や親と同居や近くに住む家族の税制を優遇するとか、大家族の医療費と住宅建築費を援助するなどの方法で日本人のスタイルを変えていく必要もあるのではないかと思います。
小生の母も介護保険の適用でサービスを受けていますが、いまの日本の介護制度は親子が離れて暮らしたほうがより得になることもあります。制度や法律を作る人たちに将来のビジョンに合わせた、一貫した仕組みづくりを期待したいです。
よろしくお願いします。
小児医療の論点 第5回 小児救急を受ける側の問題点<その3>
さて、5回にわたって掲載してきた「小児医療の論点」もいよいよ最終回です。「小児救急を受ける側の問題点」<その3>として、お送りします。
ここにもう一つの問題があります。「小児医療の無料化」の問題です。夜間の救急受診を増やすもう一つの問題がこれです。そしてこれは"美談"として語られがちなので危険なんです。小児医療が無料だとあたかも子どもを大事にしているように見えます。今やそれは規定路線のように語られていることが多い。しかし、小児科の現場では反対の意思を持っている医者は決して少なくないと思います。それは単純に「これ以上仕事が増えたら小児科医を辞めるしかない!!」というものです。以前、高齢者医療が無料化したときも、有権者へのアピール的な面が強かったと聞いたことがあります。
おそらく今は、高齢者はさすがに増えすぎて無料化を続ければ財政が破綻しかねないので中止
になったのだと思いますが、代わって小児医療が対象になっているように思います。しかし、高齢者医療の無料化は、はたしてよかったのでしょうか?私には、質の低下と、不必要な受診を招くだけに思えて仕方ありません。夜間はむしろ、昼間よりも高く設定すべきだと思います。そしてそのお金を本当に大事な二次、三次救急の充実に回していただきたい。そしてもう一つ、育児力を挙げる取り組みにもお金を回してほしい。
具体的に私が提案したいことが一つあります。夜間の小児向けの訪問看護です。最近、訪問看護ステーションは各地に充実してきていますが、小児向けの訪問看護を夜間中心に行っていくのはどうでしょうか?訪問であれば休んでいる子どもを起こして連れて行く必要もない。また、育児力を高めるための話を聞くこともできます。現在の小児科一次救急は、医師の判断を必要とするレベルのものは少なく、看護師が十分判断できるものです。むしろ、経験の浅い医師よりも、育児経験なども含めた意味で経験豊富な看護師のほうが、ずっと適任でしょう。医学よりも、看護が貢献できる領域です。
そして、ここを強調したいのですが、かならず有料で行ってほしいのです。行政サービスとして重要なのは、「希望をすれば必ずサービスが享受できること」で無料化ではありません。無料化すれば不必要な利用も増え、必ず質は落ちてしまいます。行政にはサービスの普及にこそ、お金を使ってほしい。正しいことに取り組む人たちが報われるように、インテンシブをきちんとつけてほしい。小児科救急と違い医師を必要としませんから、各地域に設けることもできます。コスト的にもよいでしょう。
医者はつい「何でもしなければいけない」と思いがちです。「医者の万能感」なんて呼びますが、患者さんの前で自信のない顔ができないからということで知ったかぶりをしがちですし、患者さんも医者に万能を期待しがちです。しかし、一人の人間が何でもできるわけがないですし、本来医者がすべきこと以上のことをしていれば医者不足になるのは当たり前なんです。このようになっているのは、日本において医療の地位が異常に高かったためなのでしょうが、最近は徐々に地位も低下してきて、適切なところに近づいていると思います。やはり、看護や教育のテリトリーを尊重しながら連携していくのがこれから必要なことだと思います。
小児医療についていろいろな話をしてきました。まだまだ話すべきことはありますが、この辺りでおしまいにしたいと思いますが、最後に一言言わせていただくと、今の親御さんの世代--30代は忙しすぎます!! 少子化担当大臣にはぜひこの辺りを検討していただきたいと思います。子どものすばらしさを伝えようとか、出産の無料化などを進めているようですが、親御さんたちが子どもを持つことのすばらしいことがわかっていないなんてことはないと思うんです。少子化の原因は「とても忙しくて子どもを育てる余裕がない」「教育費もかかるし、日本の将来が不透明で先行きが心配…」といったことではないでしょうか。あるお母さんは「日本の将来が心配で、生まれてきても苦労しそうだから、子どもの将来を考えると自信を持って生む気になれない」とおっしゃっていました。親御さんが余裕を持って楽しく育児ができるような社会作りを、みんなで目指していきたいですね。
ここにもう一つの問題があります。「小児医療の無料化」の問題です。夜間の救急受診を増やすもう一つの問題がこれです。そしてこれは"美談"として語られがちなので危険なんです。小児医療が無料だとあたかも子どもを大事にしているように見えます。今やそれは規定路線のように語られていることが多い。しかし、小児科の現場では反対の意思を持っている医者は決して少なくないと思います。それは単純に「これ以上仕事が増えたら小児科医を辞めるしかない!!」というものです。以前、高齢者医療が無料化したときも、有権者へのアピール的な面が強かったと聞いたことがあります。
おそらく今は、高齢者はさすがに増えすぎて無料化を続ければ財政が破綻しかねないので中止
になったのだと思いますが、代わって小児医療が対象になっているように思います。しかし、高齢者医療の無料化は、はたしてよかったのでしょうか?私には、質の低下と、不必要な受診を招くだけに思えて仕方ありません。夜間はむしろ、昼間よりも高く設定すべきだと思います。そしてそのお金を本当に大事な二次、三次救急の充実に回していただきたい。そしてもう一つ、育児力を挙げる取り組みにもお金を回してほしい。
具体的に私が提案したいことが一つあります。夜間の小児向けの訪問看護です。最近、訪問看護ステーションは各地に充実してきていますが、小児向けの訪問看護を夜間中心に行っていくのはどうでしょうか?訪問であれば休んでいる子どもを起こして連れて行く必要もない。また、育児力を高めるための話を聞くこともできます。現在の小児科一次救急は、医師の判断を必要とするレベルのものは少なく、看護師が十分判断できるものです。むしろ、経験の浅い医師よりも、育児経験なども含めた意味で経験豊富な看護師のほうが、ずっと適任でしょう。医学よりも、看護が貢献できる領域です。
そして、ここを強調したいのですが、かならず有料で行ってほしいのです。行政サービスとして重要なのは、「希望をすれば必ずサービスが享受できること」で無料化ではありません。無料化すれば不必要な利用も増え、必ず質は落ちてしまいます。行政にはサービスの普及にこそ、お金を使ってほしい。正しいことに取り組む人たちが報われるように、インテンシブをきちんとつけてほしい。小児科救急と違い医師を必要としませんから、各地域に設けることもできます。コスト的にもよいでしょう。
医者はつい「何でもしなければいけない」と思いがちです。「医者の万能感」なんて呼びますが、患者さんの前で自信のない顔ができないからということで知ったかぶりをしがちですし、患者さんも医者に万能を期待しがちです。しかし、一人の人間が何でもできるわけがないですし、本来医者がすべきこと以上のことをしていれば医者不足になるのは当たり前なんです。このようになっているのは、日本において医療の地位が異常に高かったためなのでしょうが、最近は徐々に地位も低下してきて、適切なところに近づいていると思います。やはり、看護や教育のテリトリーを尊重しながら連携していくのがこれから必要なことだと思います。
小児医療についていろいろな話をしてきました。まだまだ話すべきことはありますが、この辺りでおしまいにしたいと思いますが、最後に一言言わせていただくと、今の親御さんの世代--30代は忙しすぎます!! 少子化担当大臣にはぜひこの辺りを検討していただきたいと思います。子どものすばらしさを伝えようとか、出産の無料化などを進めているようですが、親御さんたちが子どもを持つことのすばらしいことがわかっていないなんてことはないと思うんです。少子化の原因は「とても忙しくて子どもを育てる余裕がない」「教育費もかかるし、日本の将来が不透明で先行きが心配…」といったことではないでしょうか。あるお母さんは「日本の将来が心配で、生まれてきても苦労しそうだから、子どもの将来を考えると自信を持って生む気になれない」とおっしゃっていました。親御さんが余裕を持って楽しく育児ができるような社会作りを、みんなで目指していきたいですね。
小児医療の論点――第2回 小児救急について考える「命に関わる小児救急は二次三次」
こんばんわ。前回に引き続き早川です。
前回は、小児科医不足の問題を検討しました。小児科医数自体は決して減ってはいませんが、労働の実態(大変さ、質、危険度)と給与があまりにアンバランスで、それは子どもの生命の安全を確保する意味でも「医師の倫理性」持ち出して解決するような問題ではない、というお話をしました。
資本主義社会の中では、いかに医師が公共性の高い職業とは言え、よりよい条件を求めて職場を選択するのは当然と言えると思います。むしろ、医師の倫理性が高く、「少ない給料で危険な仕事にも従事していたからなかなか問題が露見せず、こんなゆがんだ状態にまでなってしまった」と言えるかもしれません。さて、今日はその話とつながっていますが、小児救急の話です。
②小児救急の問題
さて、前回の麻酔科医の例、先に出てきた「労働の実態(大変さ、質、危険度)と給与があまりにアンバランス」の好例が、まさに小児救急です。
小児救急は、小児科医の仕事の中でももっとも大変と言ってよいと思います。
小児救急が難しいのは、内科や外科の救急と違って、小児科医しかできないということです。内科の当直ならば消化器科、呼吸器科、循環器科など様々な科の医師が担当できます。同様に、外科の当直も消化器外科、泌尿器科、脳外科…というように、いろいろな科が交代で当直するので、各医師の当直の負担は軽いのです。しかし小児科は小児科だけで当直を担当しないといけないので、負担は膨大になります。実際、他の科では月の当直回数は2-3回ですが、小児科では少なくて月に4回、多いところでは月に8回もの当直に取り組んでいることになります(参照の図12)。さらに、小児科は昨今、女子学生が志望する比率が高くなっています。それはとても喜ばしいことなのですが、一方で図14、15あるように、育児を行う女性医師はどうしても勤務時間が短く、また育児のために休職することも多くなります。すなわち、小児救急に携わることは難しくなり、残された者たちの負担はますます増加してしまう、というのが現状なんです。
ここで少し補足しておくと、小児科で女医さんが増えるのはとてもよいことと思っています。お子さんのお母様方としても女医さんのほうが相談しやすいこともあるでしょうから。ただ、現在の医療システムは、せっかくの人材を生かしきれていないと思います。育児が少し落ち着いて余裕が出てくると、時間限定で診察を再開したいと考える小児科の女医さんは案外少なくないように思います。しかし今のシステムでは、そのような意欲のある女医さんが復職しにくい状況にあります。やりがいのある仕事が与えられませんし、「当直ができないなら雇えない」という病院もあります。「小児科は不採算部門だから閉鎖しよう」という病院が多いのが現状ですから、当然と言えば当然なのですが。
でも、そのような女医さんにこそしてもらいたいような仕事はいっぱいあります。検診の仕事や教育や福祉関係の仕事です。子どもを育てているからこそ強い関心を持って取り組める仕事でしょう。また、託児所や病児保育の問題もあります。働きたくても子どもが預けられず働けない――ただこの問題は他の仕事も同じと言えばそうですが、小児科医不足が話題になって「いかに小児科希望者を増やすか」などという見当違いでいつになったら効果が現れるのかわからないような話を聞くたびに、「それよりも今の小児科医が働きやすい環境を作って今の小児科医を有効活用してもらった方が、ずっと有効だし即効性あるのにな」とつい思ってしまうわけです。
ちょっと脱線しましたが、本題に戻りましょう。
さて、小児救急については、昨今、各自治体も行政サービスとして小児科の夜間救急診療所を作ったりしていることがよく見られます。これは、地域住民の要望により、かなりの高額の給料を払うことで当直医を集めているわけですが、これには注意が必要です。
小児科に限らず救急医療は「一次、二次、三次」という段階があります。簡単に言うと、一次は外来だけで入院が必要のない救急、二次は入院が必要なレベル、三次は集中的な治療が必要な重度の救急ということです。この中でいま各自治体が行政サービスとして行なっているのは一次救急になります。しかし、少し考えればわかることですが、子どもの命を守るのは一次ではなく二次、そして三次救急です。厳しい言い方をすれば、一次救急の大半は「明日でもかまわない」ようなものであり、「親の不安を支えている」ものです。そして、実はいま小児救急で問題になっているのは、一次救急をできる医者はいても、二次、三次救急をやる医者が減ってしまっているということなんです。
この原因として、私は2つのことを考えます。1つ目は先ほどから挙がっている勤務条件と報酬の問題です。各自治体がやっている一次の小児救急では、人が集まらない場合には高額な報酬を払っていることもあるようですが、残念ながら二次、三次救急の医師は決して報われていません。医療としては高度なことをしているのにもかかわらず、報酬として報われないとしたら…。特に、救急という仕事は高次になるほど緊張感も高く消耗しますから、少ない勤務時間で高い報酬が得られるべきでしょう。そうしないと燃え尽きてしまい長く勤務できずにやめていくことになってしまいます。
そしてもう一つが、小児科医が特定の病院に集中して勤務せず、少人数に分かれてしまってるということなんです。これは、何度も挙げている厚生労働省の資料の表8に書いてあります。例えば、月に4回の当直だとすると、30日回すためには7-8人が必要です。さらに、三次のような高度な救急をするためには、毎晩2人で当直する必要がありますから、月に4回の当直なら15人必要なんです。
しかし、全国の小児科のうち、6人以下の病院が84%を占めており、10人以上の病院は7%に過ぎません。若手医師の立場からすると、医師の数が少ないところではベテランの先生から教われないので見よう見まねで自分でやるしかなく、自分が成長できない心配があるのであまり人が集まりません。国立成育医療センターやその他の小児病院に、たとえ給料が安くても若手の医師が多数集まるのは、若者の向学心から言って当然でしょう。ですから、小児救急が厳しいと言われているところでは、小児科医を一箇所に集め、高次の救急に取り組む者に高い給料を払うようにすれば、よいと思います。
しかしここで重大な問題が出現します。つまり、地域住民のニーズです。実は、二次、三次救急は、実際はお世話にならない人が多いので、その重要性が伝わらず、あまり重視されないんです。しかし、二次三次救急が充実していないと、いざと言う時には命に関わってしまう。そして、お金に限りはあるから、二次三次を充実させれば当然一次救急にはあまり資本投下がされなくなります。それでよいのかどうか。それを決めるのはやっぱり市民です。
ただここが重要なのですが、「すでに小児救急の地域格差ははっきりとある」んです。自治体によっては、「お金がかかるから三次救急はやらない」という方針もあるようです。それはすなわち、「地域によって子どもの命の安全が違う」ということです。それでよいのでしょうか?
私は時々思うんです。不動産選びの時にどうしてこういう情報が重視されないんだろうかって。24時間営業のスーパーよりも、安心して任せられる高次医療機関が近くにあることの方がずっと大事だと思います。
(第3回に続く。次回は月曜日に投稿予定)
前回は、小児科医不足の問題を検討しました。小児科医数自体は決して減ってはいませんが、労働の実態(大変さ、質、危険度)と給与があまりにアンバランスで、それは子どもの生命の安全を確保する意味でも「医師の倫理性」持ち出して解決するような問題ではない、というお話をしました。
資本主義社会の中では、いかに医師が公共性の高い職業とは言え、よりよい条件を求めて職場を選択するのは当然と言えると思います。むしろ、医師の倫理性が高く、「少ない給料で危険な仕事にも従事していたからなかなか問題が露見せず、こんなゆがんだ状態にまでなってしまった」と言えるかもしれません。さて、今日はその話とつながっていますが、小児救急の話です。
②小児救急の問題
さて、前回の麻酔科医の例、先に出てきた「労働の実態(大変さ、質、危険度)と給与があまりにアンバランス」の好例が、まさに小児救急です。
小児救急は、小児科医の仕事の中でももっとも大変と言ってよいと思います。
小児救急が難しいのは、内科や外科の救急と違って、小児科医しかできないということです。内科の当直ならば消化器科、呼吸器科、循環器科など様々な科の医師が担当できます。同様に、外科の当直も消化器外科、泌尿器科、脳外科…というように、いろいろな科が交代で当直するので、各医師の当直の負担は軽いのです。しかし小児科は小児科だけで当直を担当しないといけないので、負担は膨大になります。実際、他の科では月の当直回数は2-3回ですが、小児科では少なくて月に4回、多いところでは月に8回もの当直に取り組んでいることになります(参照の図12)。さらに、小児科は昨今、女子学生が志望する比率が高くなっています。それはとても喜ばしいことなのですが、一方で図14、15あるように、育児を行う女性医師はどうしても勤務時間が短く、また育児のために休職することも多くなります。すなわち、小児救急に携わることは難しくなり、残された者たちの負担はますます増加してしまう、というのが現状なんです。
ここで少し補足しておくと、小児科で女医さんが増えるのはとてもよいことと思っています。お子さんのお母様方としても女医さんのほうが相談しやすいこともあるでしょうから。ただ、現在の医療システムは、せっかくの人材を生かしきれていないと思います。育児が少し落ち着いて余裕が出てくると、時間限定で診察を再開したいと考える小児科の女医さんは案外少なくないように思います。しかし今のシステムでは、そのような意欲のある女医さんが復職しにくい状況にあります。やりがいのある仕事が与えられませんし、「当直ができないなら雇えない」という病院もあります。「小児科は不採算部門だから閉鎖しよう」という病院が多いのが現状ですから、当然と言えば当然なのですが。
でも、そのような女医さんにこそしてもらいたいような仕事はいっぱいあります。検診の仕事や教育や福祉関係の仕事です。子どもを育てているからこそ強い関心を持って取り組める仕事でしょう。また、託児所や病児保育の問題もあります。働きたくても子どもが預けられず働けない――ただこの問題は他の仕事も同じと言えばそうですが、小児科医不足が話題になって「いかに小児科希望者を増やすか」などという見当違いでいつになったら効果が現れるのかわからないような話を聞くたびに、「それよりも今の小児科医が働きやすい環境を作って今の小児科医を有効活用してもらった方が、ずっと有効だし即効性あるのにな」とつい思ってしまうわけです。
ちょっと脱線しましたが、本題に戻りましょう。
さて、小児救急については、昨今、各自治体も行政サービスとして小児科の夜間救急診療所を作ったりしていることがよく見られます。これは、地域住民の要望により、かなりの高額の給料を払うことで当直医を集めているわけですが、これには注意が必要です。
小児科に限らず救急医療は「一次、二次、三次」という段階があります。簡単に言うと、一次は外来だけで入院が必要のない救急、二次は入院が必要なレベル、三次は集中的な治療が必要な重度の救急ということです。この中でいま各自治体が行政サービスとして行なっているのは一次救急になります。しかし、少し考えればわかることですが、子どもの命を守るのは一次ではなく二次、そして三次救急です。厳しい言い方をすれば、一次救急の大半は「明日でもかまわない」ようなものであり、「親の不安を支えている」ものです。そして、実はいま小児救急で問題になっているのは、一次救急をできる医者はいても、二次、三次救急をやる医者が減ってしまっているということなんです。
この原因として、私は2つのことを考えます。1つ目は先ほどから挙がっている勤務条件と報酬の問題です。各自治体がやっている一次の小児救急では、人が集まらない場合には高額な報酬を払っていることもあるようですが、残念ながら二次、三次救急の医師は決して報われていません。医療としては高度なことをしているのにもかかわらず、報酬として報われないとしたら…。特に、救急という仕事は高次になるほど緊張感も高く消耗しますから、少ない勤務時間で高い報酬が得られるべきでしょう。そうしないと燃え尽きてしまい長く勤務できずにやめていくことになってしまいます。
そしてもう一つが、小児科医が特定の病院に集中して勤務せず、少人数に分かれてしまってるということなんです。これは、何度も挙げている厚生労働省の資料の表8に書いてあります。例えば、月に4回の当直だとすると、30日回すためには7-8人が必要です。さらに、三次のような高度な救急をするためには、毎晩2人で当直する必要がありますから、月に4回の当直なら15人必要なんです。
しかし、全国の小児科のうち、6人以下の病院が84%を占めており、10人以上の病院は7%に過ぎません。若手医師の立場からすると、医師の数が少ないところではベテランの先生から教われないので見よう見まねで自分でやるしかなく、自分が成長できない心配があるのであまり人が集まりません。国立成育医療センターやその他の小児病院に、たとえ給料が安くても若手の医師が多数集まるのは、若者の向学心から言って当然でしょう。ですから、小児救急が厳しいと言われているところでは、小児科医を一箇所に集め、高次の救急に取り組む者に高い給料を払うようにすれば、よいと思います。
しかしここで重大な問題が出現します。つまり、地域住民のニーズです。実は、二次、三次救急は、実際はお世話にならない人が多いので、その重要性が伝わらず、あまり重視されないんです。しかし、二次三次救急が充実していないと、いざと言う時には命に関わってしまう。そして、お金に限りはあるから、二次三次を充実させれば当然一次救急にはあまり資本投下がされなくなります。それでよいのかどうか。それを決めるのはやっぱり市民です。
ただここが重要なのですが、「すでに小児救急の地域格差ははっきりとある」んです。自治体によっては、「お金がかかるから三次救急はやらない」という方針もあるようです。それはすなわち、「地域によって子どもの命の安全が違う」ということです。それでよいのでしょうか?
私は時々思うんです。不動産選びの時にどうしてこういう情報が重視されないんだろうかって。24時間営業のスーパーよりも、安心して任せられる高次医療機関が近くにあることの方がずっと大事だと思います。
(第3回に続く。次回は月曜日に投稿予定)
小児医療の論点――第1回 小児科医の不足について考える「小児科医は増えているのに足らないのはなぜ?」
はじめまして。医師の早川と申します。
大森さん、上原さんとはふとしたきっかけで知り合い、その後もいろいろとお話させていただきました。
その話の中で、「みんなが幸せになれる医療」への投稿の話が出て、私も大森さん、上原さんの問題意識に感じるところがあり、今回投稿させていただくことにしました。
私自身、医療の世界に入る以前、社会学や教育学を学んだりしていたので、社会批評的な視点を持ちながら医療に取り組んでいるように感じています。
それが私のスタンスだと思います。
さて、細かいことはまた追々として、本題に入りましょう。
上原さんからの問は、①小児科医不足の問題、②小児救急の問題、特に③小児救急を利用する側の問題、の3点になると思います。
この内、①②は一般によく言われていることですが、実はなにが問題なのかよくわからない、ということではないかと思います。
そして③は、①②とも関係するとても大事な問題なのですが、とてもナイーブな問題なためになかなか触れられずにきた問題のように思います。
いずれもとても大事なことなので、まずは一つ一つ検討しましょう。
①小児科医不足の問題
これについては厚生労働省のホームページに基礎資料があります。
これは、「医師の需給に関する検討会」の第3回検討会に日本小児科学会が2005年4月6日に提出した資料で、現在の小児医療を知るためのよい基礎資料だと思います。かなり長い文章ですが、ポイントは、
・小児科医師がかなりの過剰労働を強いられている。
・女性小児科医師が年齢が上がるとともに減少している。
・コストのかかる小児科を切り捨てる民間病院の増加している。
・小児科医が小さな施設に分散しているため過剰労働になっている。
ということだと思います。
さて、このホームページの表1、図1、図2をよーく見ていただきたいのですが、実は小児科医の数自体は微増ですが増えているんです。産婦人科医は明らかに減っていますが、小児科医は勤務医、開業医ともに増えている。
ではいったいなにが「不足」しているのか。ここで参考になるのが、図1の麻酔科医のグラフです。
図1にある通り、麻酔科医の数は大きく増えています。しかし、昨今のニュース(例えば最近では、がんセンター中央病院での麻酔科医不足の話にもあるように、麻酔科医も足らないと言われています。実は、先の「医師の需給に関する検討会」は、数ある医師の専門科の内、小児科医、産婦人科医、麻酔科医の3つを医師数が「足りていない科」として検討しているんです(ちなみに麻酔科医の資料)。しかしこの内、実数が減っているのは産婦人科だけで、小児科医と麻酔科医は数は増えているのに足らない――。これはどういうことかと言えば、「3Kでお金にならない仕事をする医師が減っている」ということなんです。
例えば、麻酔科医の中でも、緊急手術でいつ呼び出されるかわからないような勤務はとても大変です。それと比べて、ペインクリニックや、待機手術しかしないような勤務は安定しているしとてもラクで、しかも安全です。この「安全」はとても大事で、実は先の小児科医、産婦人科医、麻酔科医は、医師の中でも訴訟されやすい分野なんです。さらに、その安全でラクな勤務の方が、給料が高くなる場合もあるんです。先ほどの麻酔科医についてのがんセンターのニュースには、「がんセンターでは給与は年間700~800万円だが、民間病院なら1000万円半ばから数千万円になる」という記載があります。これだけの差があるとして、民間病院を選択することをとがめるのは難しいと思います。
考えてみてください。[勤務時間は不定期で長い、ストレスも高い、さらに訴訟の危険も高い]仕事と、[勤務時間は決まっていて短い、ストレスも低い、そして訴訟の危険も低い]仕事の2つを選べるとして、しかも給料が変わらない、ましてやラクな勤務の方が給料が高かったとしたら、あなたはどちらを選びますか?ラクな仕事に移る医師を、あなたは責められますか?
小児科医もこれと似たような状況にあります。すなわち、「小児科医自体は増えているが、大変な部分を担当してもあまり報われないこともあって、大変な部分を担当する医師が減ってきている」ということです。
このような話をすると、よく言われるのが「医師の倫理性」です。
すなわち、「医師はお金のためではなく、人々のために奉仕するべきだ」という考え方ですね。
この気持ちはよくわかりますし、私も以前そう思っていましたし、多くの小児科医はそのような「一種の使命感」を持っているのではないでしょうか。しかし、その使命感ゆえに小児医療は危機に瀕することになってしまったのだと思います。
先ほどの厚生労働省のホームページの表5,6,7と図11,12,13を見てください。これほどの過剰勤務になぜ小児科医は耐えているのか。
「子どものため」という使命感に他ならないと思います。
しかし、使命感だけではもはやどうにもならないところまできています。身体を壊す医師もいますし、過労死もありえます。さらに、医学生が小児科の将来に希望を見出せず希望する人が減るとしたら、もはや存亡の危機でしょう。
私は小児科の現状は、小児科医師の奉仕の精神でギリギリもっているのだと思います。
しかし、それでいいのでしょうか。私たちの子どもの命を、このような風前の灯の下においてよいのでしょうか。もっと、確かに守っていくのが、大人の使命ではないでしょうか。
小児科医師の奉仕の精神は、今にも燃え尽きんとしていると思います。それでも「お金じゃない。気持ちだ」というのか。私はそれは欺瞞だと思います。
小児救急を行政サービスと考えるならば、やはりきちんとしたペイメントを払って、医師を安定的に確保できるようにしないといけないと思います。
そして、この「倫理性と報酬」の問題は、医療以外で高い倫理性が求められる職種――教員、官僚などで生じている問題とも根を同じくするような問題のように感じられるのですが、いかがでしょうか?
(次回に続く。次回は水曜日に投稿予定)
大森さん、上原さんとはふとしたきっかけで知り合い、その後もいろいろとお話させていただきました。
その話の中で、「みんなが幸せになれる医療」への投稿の話が出て、私も大森さん、上原さんの問題意識に感じるところがあり、今回投稿させていただくことにしました。
私自身、医療の世界に入る以前、社会学や教育学を学んだりしていたので、社会批評的な視点を持ちながら医療に取り組んでいるように感じています。
それが私のスタンスだと思います。
さて、細かいことはまた追々として、本題に入りましょう。
上原さんからの問は、①小児科医不足の問題、②小児救急の問題、特に③小児救急を利用する側の問題、の3点になると思います。
この内、①②は一般によく言われていることですが、実はなにが問題なのかよくわからない、ということではないかと思います。
そして③は、①②とも関係するとても大事な問題なのですが、とてもナイーブな問題なためになかなか触れられずにきた問題のように思います。
いずれもとても大事なことなので、まずは一つ一つ検討しましょう。
①小児科医不足の問題
これについては厚生労働省のホームページに基礎資料があります。
これは、「医師の需給に関する検討会」の第3回検討会に日本小児科学会が2005年4月6日に提出した資料で、現在の小児医療を知るためのよい基礎資料だと思います。かなり長い文章ですが、ポイントは、
・小児科医師がかなりの過剰労働を強いられている。
・女性小児科医師が年齢が上がるとともに減少している。
・コストのかかる小児科を切り捨てる民間病院の増加している。
・小児科医が小さな施設に分散しているため過剰労働になっている。
ということだと思います。
さて、このホームページの表1、図1、図2をよーく見ていただきたいのですが、実は小児科医の数自体は微増ですが増えているんです。産婦人科医は明らかに減っていますが、小児科医は勤務医、開業医ともに増えている。
ではいったいなにが「不足」しているのか。ここで参考になるのが、図1の麻酔科医のグラフです。
図1にある通り、麻酔科医の数は大きく増えています。しかし、昨今のニュース(例えば最近では、がんセンター中央病院での麻酔科医不足の話にもあるように、麻酔科医も足らないと言われています。実は、先の「医師の需給に関する検討会」は、数ある医師の専門科の内、小児科医、産婦人科医、麻酔科医の3つを医師数が「足りていない科」として検討しているんです(ちなみに麻酔科医の資料)。しかしこの内、実数が減っているのは産婦人科だけで、小児科医と麻酔科医は数は増えているのに足らない――。これはどういうことかと言えば、「3Kでお金にならない仕事をする医師が減っている」ということなんです。
例えば、麻酔科医の中でも、緊急手術でいつ呼び出されるかわからないような勤務はとても大変です。それと比べて、ペインクリニックや、待機手術しかしないような勤務は安定しているしとてもラクで、しかも安全です。この「安全」はとても大事で、実は先の小児科医、産婦人科医、麻酔科医は、医師の中でも訴訟されやすい分野なんです。さらに、その安全でラクな勤務の方が、給料が高くなる場合もあるんです。先ほどの麻酔科医についてのがんセンターのニュースには、「がんセンターでは給与は年間700~800万円だが、民間病院なら1000万円半ばから数千万円になる」という記載があります。これだけの差があるとして、民間病院を選択することをとがめるのは難しいと思います。
考えてみてください。[勤務時間は不定期で長い、ストレスも高い、さらに訴訟の危険も高い]仕事と、[勤務時間は決まっていて短い、ストレスも低い、そして訴訟の危険も低い]仕事の2つを選べるとして、しかも給料が変わらない、ましてやラクな勤務の方が給料が高かったとしたら、あなたはどちらを選びますか?ラクな仕事に移る医師を、あなたは責められますか?
小児科医もこれと似たような状況にあります。すなわち、「小児科医自体は増えているが、大変な部分を担当してもあまり報われないこともあって、大変な部分を担当する医師が減ってきている」ということです。
このような話をすると、よく言われるのが「医師の倫理性」です。
すなわち、「医師はお金のためではなく、人々のために奉仕するべきだ」という考え方ですね。
この気持ちはよくわかりますし、私も以前そう思っていましたし、多くの小児科医はそのような「一種の使命感」を持っているのではないでしょうか。しかし、その使命感ゆえに小児医療は危機に瀕することになってしまったのだと思います。
先ほどの厚生労働省のホームページの表5,6,7と図11,12,13を見てください。これほどの過剰勤務になぜ小児科医は耐えているのか。
「子どものため」という使命感に他ならないと思います。
しかし、使命感だけではもはやどうにもならないところまできています。身体を壊す医師もいますし、過労死もありえます。さらに、医学生が小児科の将来に希望を見出せず希望する人が減るとしたら、もはや存亡の危機でしょう。
私は小児科の現状は、小児科医師の奉仕の精神でギリギリもっているのだと思います。
しかし、それでいいのでしょうか。私たちの子どもの命を、このような風前の灯の下においてよいのでしょうか。もっと、確かに守っていくのが、大人の使命ではないでしょうか。
小児科医師の奉仕の精神は、今にも燃え尽きんとしていると思います。それでも「お金じゃない。気持ちだ」というのか。私はそれは欺瞞だと思います。
小児救急を行政サービスと考えるならば、やはりきちんとしたペイメントを払って、医師を安定的に確保できるようにしないといけないと思います。
そして、この「倫理性と報酬」の問題は、医療以外で高い倫理性が求められる職種――教員、官僚などで生じている問題とも根を同じくするような問題のように感じられるのですが、いかがでしょうか?
(次回に続く。次回は水曜日に投稿予定)
本日より、新しくスタートします。
みんなが幸せになれる医療、より良い医療ってなんだろう……ということをテーマに、今日まで細々とではありますが、大森と上原の二人でこのブログを続けてまいりました。このたび、もっと内容を充実させること、そして活発な意見交換ができるようにするためにはどうすればいいのか、あれこれ考えた結果、今後新たにもう一人の方に、ブログの投稿者として参加していただくことにいたしました!
これから一緒にこのブログの投稿者に加わってくださるのは、2005年にインタビューさせていただいた、国立精神神経センター国府台病院に勤務されている早川洋先生です。早川先生は、精神科医として活躍されているほかに、夜間休日救急医療のご経験もある方で、将来は子育て支援や虐待予防にも取り組める小児精神科医を目指していらっしゃいます(詳しくは、「インタビュー:早川先生」をご参照ください)。
当面は、大森か上原が先生に対して様々な医療にまつわるテーマを投げかけ、それに対して早川先生に書き込んでいただく形で進めていく予定です。もちろん、途中で話が盛り上がれば、一つのテーマについて、みんなであれこれ意見や情報を語り合うこともあると思います。あるいは、読者の方からコメントをちょうだいし、それについて投稿者側の誰かがコメントを書くこともありますし、その場その場で自由に展開していけたらいいなと、考えております。
というわけで。
第1回目のテーマとしては、早川先生のご専門である、小児科の中でも、夜間休日などの救急医療について考えてみたいと思いますが、いかがでしょうか。昨今、小児科医の不足が騒がれていますが、なぜこうなってしまったのか。また、何が問題なのか。実際の現場はどうなっているのか。ぜひ、実際に現場に立っていらっしゃる早川先生から、ご意見をうかがいたいと思います。
また、個人的に気になっているのは、安易に夜間救急や救急車に頼る母親が増えているように思えること。少し前に救急車の出動要請についてふれましたが、「救急」というからには、本当に急を要する時に利用するのが筋だと思うのです。まわりのサポートが減って、不安でついつい救急を頼ってしまう母親の気持ちもわからないではないのですが、できるところまでは家庭でなんとかする――誰もがそこから始めないと、救急医療の現場はいつも満杯になってしまうと思うのですが……。
これから一緒にこのブログの投稿者に加わってくださるのは、2005年にインタビューさせていただいた、国立精神神経センター国府台病院に勤務されている早川洋先生です。早川先生は、精神科医として活躍されているほかに、夜間休日救急医療のご経験もある方で、将来は子育て支援や虐待予防にも取り組める小児精神科医を目指していらっしゃいます(詳しくは、「インタビュー:早川先生」をご参照ください)。
当面は、大森か上原が先生に対して様々な医療にまつわるテーマを投げかけ、それに対して早川先生に書き込んでいただく形で進めていく予定です。もちろん、途中で話が盛り上がれば、一つのテーマについて、みんなであれこれ意見や情報を語り合うこともあると思います。あるいは、読者の方からコメントをちょうだいし、それについて投稿者側の誰かがコメントを書くこともありますし、その場その場で自由に展開していけたらいいなと、考えております。
というわけで。
第1回目のテーマとしては、早川先生のご専門である、小児科の中でも、夜間休日などの救急医療について考えてみたいと思いますが、いかがでしょうか。昨今、小児科医の不足が騒がれていますが、なぜこうなってしまったのか。また、何が問題なのか。実際の現場はどうなっているのか。ぜひ、実際に現場に立っていらっしゃる早川先生から、ご意見をうかがいたいと思います。
また、個人的に気になっているのは、安易に夜間救急や救急車に頼る母親が増えているように思えること。少し前に救急車の出動要請についてふれましたが、「救急」というからには、本当に急を要する時に利用するのが筋だと思うのです。まわりのサポートが減って、不安でついつい救急を頼ってしまう母親の気持ちもわからないではないのですが、できるところまでは家庭でなんとかする――誰もがそこから始めないと、救急医療の現場はいつも満杯になってしまうと思うのですが……。
パソコンと向き合う時間が長くて…
私の身近な人間に、長年うつ病を患っている人がいます。もう十年以上、精神科に通っているのですが、先日、ちょっと気になることを言っていたので、書き留めておきます。
ちなみに、その人の病状は幸いここのところかなり良くはなっているのですが、何せ長年通っていたので、薬もずっと服用しているし、簡単には通院をやめられない状態です。
さて、その人が言うには、「最近、先生はパソコンの方ばかり見ていて、こちらを見て話してくれない」というのです。
現在、大病院では電子カルテがあたりまえになってきており、医師は、カルテや記録のほとんどはパソコンの画面を通して見ることになります。
医師には悪気はないと思いますし、治療に必要な情報はあらかた診察時間中に得ているだろうとは思いますが、やはり患者にそういう印象を与えてしまうというのは、ちょっと残念な話ではあります。特に精神科の場合は、話す表情やしぐさなどをよく観察することは必要だと思うのですが。
パソコンって、どうしてもそちらに神経が行ってしまうシロモノ。みなさんが使うことにすっかりなれれば、そんなこともなくなってくるのかな……。
ちなみに、その人の病状は幸いここのところかなり良くはなっているのですが、何せ長年通っていたので、薬もずっと服用しているし、簡単には通院をやめられない状態です。
さて、その人が言うには、「最近、先生はパソコンの方ばかり見ていて、こちらを見て話してくれない」というのです。
現在、大病院では電子カルテがあたりまえになってきており、医師は、カルテや記録のほとんどはパソコンの画面を通して見ることになります。
医師には悪気はないと思いますし、治療に必要な情報はあらかた診察時間中に得ているだろうとは思いますが、やはり患者にそういう印象を与えてしまうというのは、ちょっと残念な話ではあります。特に精神科の場合は、話す表情やしぐさなどをよく観察することは必要だと思うのですが。
パソコンって、どうしてもそちらに神経が行ってしまうシロモノ。みなさんが使うことにすっかりなれれば、そんなこともなくなってくるのかな……。
後期高齢者医療は2重取り?
後期高齢者医療で野党共闘 「道路」「年金」と3点セットで4月から後期高齢者の医療保険制度が変わって、年金から天引きされることになる。
いま80歳の実母の医療保険は小生が被扶養者として支払っているが、この制度が実施された場合は小生の支払い保険料はどのような額になるのだろうか?
地元の相模原市役所の地域医療課に問い合わせたところ「保険料など加入状況によって異なる」との回答。
社会保障である、健康保険と年金は国民全員平等に一元化してわかりやすくしたほうが良い。
格差社会のセーフティネットは、医療と年金が平等に受けられることだと思う。
地方行政の担当者も制度が煩雑で大変だろう。
しかし、行政というものは制度を煩雑にして自分たちの役割と仕事を増やす、ということをするものなのだが。
4月以降の保険料をちゃんと確認する必要があるなあ。
いま80歳の実母の医療保険は小生が被扶養者として支払っているが、この制度が実施された場合は小生の支払い保険料はどのような額になるのだろうか?
地元の相模原市役所の地域医療課に問い合わせたところ「保険料など加入状況によって異なる」との回答。
社会保障である、健康保険と年金は国民全員平等に一元化してわかりやすくしたほうが良い。
格差社会のセーフティネットは、医療と年金が平等に受けられることだと思う。
地方行政の担当者も制度が煩雑で大変だろう。
しかし、行政というものは制度を煩雑にして自分たちの役割と仕事を増やす、ということをするものなのだが。
4月以降の保険料をちゃんと確認する必要があるなあ。
経営が成立たない病院は淘汰されるべきか?
「医療機関の倒産、大阪は2年連続全国トップ」
2007年の1年間に倒産した医療機関は過去最多の52件に上り、都道府県別では大阪府が9件と2年連続で全国トップだそうだ。
原因は、
●未収金
●医療費の減額
だそうだ。
しかし記事を見ると、大阪が特に多い理由について府私立病院協会の竹内博事務局長は「大阪の人は料金にシビアで、医療費を安く抑えたいという意識が高い。ジェネリック(後発)医薬品を使うなど少しでも安上がりな病院があれば患者が流れ、取り残された病院はとたんに経営が成り立たなくなる」と指摘する。
とあるが、ある意味では府民の医療費に対する意識は高いのではないか?
また、府内には200床以下の中小病院がひしめきあっているという事情もある。とのこと。
となると、ジェネリックを使わない、経営努力をしない病院は倒産してしかるべきではないか?
優秀な医師は、もっと経営状況がよい病院に移籍すればよい、ということも言えるのではないか?
医療と市場経済は成り立たないと言われるが、無駄な病院は統合されたほうが良いのではないか、とも思うがいかがでしょうか。
2007年の1年間に倒産した医療機関は過去最多の52件に上り、都道府県別では大阪府が9件と2年連続で全国トップだそうだ。
原因は、
●未収金
●医療費の減額
だそうだ。
しかし記事を見ると、大阪が特に多い理由について府私立病院協会の竹内博事務局長は「大阪の人は料金にシビアで、医療費を安く抑えたいという意識が高い。ジェネリック(後発)医薬品を使うなど少しでも安上がりな病院があれば患者が流れ、取り残された病院はとたんに経営が成り立たなくなる」と指摘する。
とあるが、ある意味では府民の医療費に対する意識は高いのではないか?
また、府内には200床以下の中小病院がひしめきあっているという事情もある。とのこと。
となると、ジェネリックを使わない、経営努力をしない病院は倒産してしかるべきではないか?
優秀な医師は、もっと経営状況がよい病院に移籍すればよい、ということも言えるのではないか?
医療と市場経済は成り立たないと言われるが、無駄な病院は統合されたほうが良いのではないか、とも思うがいかがでしょうか。
医療スタッフの限界
「何かが間違っている」
何が間違っているのだろう?明らかに制度が間違っているのだ。
国は国民の生命を守るのが第一優先の義務。
病や死から患者を治し、社会復帰させるのが医療スタッフの役割だ。
医療関係者がベストを尽くせない制度は早急に変えなければならない。
●医療スタッフへのインセンティブ
→報酬の見直しと財源の確保
●制度改革による患者の医療保険税の無駄遣いの廃止
→不要なときの救急車利用の罰則
→未払い患者の罰則と教育
医療勤務者と患者の両方の利益を理解して、制度立案できる組織の設立。
何が間違っているのだろう?明らかに制度が間違っているのだ。
国は国民の生命を守るのが第一優先の義務。
病や死から患者を治し、社会復帰させるのが医療スタッフの役割だ。
医療関係者がベストを尽くせない制度は早急に変えなければならない。
●医療スタッフへのインセンティブ
→報酬の見直しと財源の確保
●制度改革による患者の医療保険税の無駄遣いの廃止
→不要なときの救急車利用の罰則
→未払い患者の罰則と教育
医療勤務者と患者の両方の利益を理解して、制度立案できる組織の設立。
保険点数制度でインセンティブを
昨日、医療費の財源の問題で、「混合診療を認めて、医療技術の向上と病院経営の安定化を図る。民間病院の経営ポリシーによっては、富裕層しか受け入れない病院も出るだろう」ということを書いた。
例えば、富裕層を中心とする民間病院に、
1)貧困層の受け入れ診療による点数のインセンティブを付与
2)法的に一定数の貧困層の受け入れを強制する
という方法はどうだろう。
理想は1)だろうが、2)の国による介入は良くないと思うが、医療保険という税金を投入しているのだから、納税者のためにある程度の強制力を働かせるのは、1)が実現しなかった場合には致し方ないだろう。
私たちの日本は、欧米的な民主主義を実現することは不可能なので、日本的政治運営の方法を作っていかなければならないと思う。
個人的には日本はトップダウンの賢人政治がふさわしいと思うので、頭がよくて、パブリックな意識が高い人はドンドン政治家や官僚になるべきだと思う。
必要なのはエリート(賢人)教育による人材育成。医療問題は教育問題ともつながっている。
例えば、富裕層を中心とする民間病院に、
1)貧困層の受け入れ診療による点数のインセンティブを付与
2)法的に一定数の貧困層の受け入れを強制する
という方法はどうだろう。
理想は1)だろうが、2)の国による介入は良くないと思うが、医療保険という税金を投入しているのだから、納税者のためにある程度の強制力を働かせるのは、1)が実現しなかった場合には致し方ないだろう。
私たちの日本は、欧米的な民主主義を実現することは不可能なので、日本的政治運営の方法を作っていかなければならないと思う。
個人的には日本はトップダウンの賢人政治がふさわしいと思うので、頭がよくて、パブリックな意識が高い人はドンドン政治家や官僚になるべきだと思う。
必要なのはエリート(賢人)教育による人材育成。医療問題は教育問題ともつながっている。
医療未払いの原因は?対処法は?
【医療破綻(中)】たらい回しの土壌
大阪では数カ月ごとに公費患者を別の病院に“たらい回し”にする病院間のネットワークがあるそうだ。
そうしないと病院経営が成り立たないとのコト。
また、民間病院の約6割が加入する「四病院団体協議会」(四病協)が平成14~15年度の未収金の実態を調べたところ、調査対象となった全国約5570病院の未収総額は約373億円に達したそうだ。
医療費未払いの原因はなんだろうか?
●収入の格差による負担増?
●患者の非常識(診療逃げ)?
現実としてこのような状況になっているので、今後の対処法を考えなければならない。
税率は増えることになるが、医療保険と年金は一元化。
その上で混合診療を認めて、医療技術の向上と病院経営の安定化を図る。
民間病院の経営ポリシーによっては、富裕層しか受け入れない病院も出てくるであろうが、公営の病院では医療保険をベースにした診療を行い、産学協同による大学病院とのネットワークで高度医療を実現するなどの方法もあるかもしれない。
最終的には財源の問題になる。
毎回同じことを書くが、どこからお金を持ってくるか?
●埋蔵金と呼ばれる余剰金、積立金の有無と金額の明確化
●特定財源の一般化
●予算配分立案方法の見直し
●広報による国民への理解と税率の引き上げ
ということだろうか。
大阪では数カ月ごとに公費患者を別の病院に“たらい回し”にする病院間のネットワークがあるそうだ。
そうしないと病院経営が成り立たないとのコト。
また、民間病院の約6割が加入する「四病院団体協議会」(四病協)が平成14~15年度の未収金の実態を調べたところ、調査対象となった全国約5570病院の未収総額は約373億円に達したそうだ。
医療費未払いの原因はなんだろうか?
●収入の格差による負担増?
●患者の非常識(診療逃げ)?
現実としてこのような状況になっているので、今後の対処法を考えなければならない。
税率は増えることになるが、医療保険と年金は一元化。
その上で混合診療を認めて、医療技術の向上と病院経営の安定化を図る。
民間病院の経営ポリシーによっては、富裕層しか受け入れない病院も出てくるであろうが、公営の病院では医療保険をベースにした診療を行い、産学協同による大学病院とのネットワークで高度医療を実現するなどの方法もあるかもしれない。
最終的には財源の問題になる。
毎回同じことを書くが、どこからお金を持ってくるか?
●埋蔵金と呼ばれる余剰金、積立金の有無と金額の明確化
●特定財源の一般化
●予算配分立案方法の見直し
●広報による国民への理解と税率の引き上げ
ということだろうか。
道路特定財源を一般化して、ぜひとも医療費へ!
先の安倍内閣で、道路特定財源の余剰分429億円を一般財源化することが閣議決定で決定されている。

このグラフにある平成20年度税収の(429)というのがそれにあたる。
一般財源化されれば、今まで道路にしか使えなかった税金が医療とか介護に使えるようになる、と、みんな期待していた。
しかし、実は閣議決定されたこの法案は、この429億円を平成21年度の道路予算に組み込むことが決定済みの法律になっているのだそうだ。
納税者全員が騙されてしまった。
道路特定財源は受益者負担ということで、ドライバーや車を利用する人たちのために税金が使われるべきだという話であるが、医療や介護は国民に等しくかかわってくる問題である。
一刻も早く、一般財源化して医療と社会保障を含めた全体像から予算の配分を再構築することを強く望む。
納税者を騙すような行政を信じるのは止めましょう。
納税者を騙すような法律を作る政府に投票するのは止めましょう。
このグラフにある平成20年度税収の(429)というのがそれにあたる。
一般財源化されれば、今まで道路にしか使えなかった税金が医療とか介護に使えるようになる、と、みんな期待していた。
しかし、実は閣議決定されたこの法案は、この429億円を平成21年度の道路予算に組み込むことが決定済みの法律になっているのだそうだ。
納税者全員が騙されてしまった。
道路特定財源は受益者負担ということで、ドライバーや車を利用する人たちのために税金が使われるべきだという話であるが、医療や介護は国民に等しくかかわってくる問題である。
一刻も早く、一般財源化して医療と社会保障を含めた全体像から予算の配分を再構築することを強く望む。
納税者を騙すような行政を信じるのは止めましょう。
納税者を騙すような法律を作る政府に投票するのは止めましょう。
病を治すのではなく、死を迎えるための医療
2月24日(日)にNHKスペシャルで放送された、
「最期の願いをかなえたい~在宅でがんを看(み)取る~ 」
横浜市瀬谷区の開業医、小澤竹俊医師が末期がん患者らの、在宅での最期を支えるドキュメンタリー。
誰もが、医師は病を治すというのがすぐに頭に浮かぶだろうが、小澤医師の医療は「死を迎える」ための医療だ。それも、できる限り最善の形で患者と家族が納得するように。
高齢者が増えたこれからの日本では、医療に求められるのは治療と同時に、死を迎えることだ。
小澤医師と看護スタッフの献身的な仕事ぶりは誠実そのものだ。
印象に残ったシーンと言葉。

「逃げない」
この番組から教えられたことは、仕事においても、人生においても、そして死も、逃げずに覚悟すること。
生きることも、死ぬことも同時に辛いことだけれど、そんなときはこの番組を思い出そう。
「最期の願いをかなえたい~在宅でがんを看(み)取る~ 」
横浜市瀬谷区の開業医、小澤竹俊医師が末期がん患者らの、在宅での最期を支えるドキュメンタリー。
誰もが、医師は病を治すというのがすぐに頭に浮かぶだろうが、小澤医師の医療は「死を迎える」ための医療だ。それも、できる限り最善の形で患者と家族が納得するように。
高齢者が増えたこれからの日本では、医療に求められるのは治療と同時に、死を迎えることだ。
小澤医師と看護スタッフの献身的な仕事ぶりは誠実そのものだ。
印象に残ったシーンと言葉。
「逃げない」
この番組から教えられたことは、仕事においても、人生においても、そして死も、逃げずに覚悟すること。
生きることも、死ぬことも同時に辛いことだけれど、そんなときはこの番組を思い出そう。
構想日本の医療再生改革案
政策立案NPO構想日本という団体がある。
そこが立案した医療再生計画。
“医療崩壊”から“医療再生”へ崩壊が現実のものとなった日本の医療に対する再生改革案が提案されている。
詳細はサイトをご覧いただきたいが、現実的な改革案であると思う。
ここに「これまでの「日本の医療制度」の歴史と問題点」という資料がある。
これを見ると、1970年には高齢化社会に突入しているのにもかかわらず、1982年には医学部定員が削減されている。
今となってみれば医師不足を招いてしまった原因であり、まったく将来を構想する視点が政治家にも行政にも無かったといえる。
構想日本の加藤秀樹代表は「道路のような特定財源は色んな省庁にもある。」という。
医療もそうだ。国が決めたとおりに地方が施行しなければ、予算は付かないのだ。知恵を働かせて、努力をして、地方独自の医療を企画構想したところには補助金や予算は一切付かないのだ。
政治家やお役人は本当に国民のために一生懸命制度を作って、忠実に運用しているのだろう。
きっと政治家やお役人が悪いのではないと思う。
自分のことで考えてみても、確かに自分の性格や行動はすぐには変えられない。
自らの考え方や行動を変えられるような治療をしてくれる、精神分析医が今の日本には必要なのではないだろうか?
冗談のような真面目なお話。
たぶん、この国日本は、みんな、このまま変われずに崩壊の一途だと思う。
そこが立案した医療再生計画。
“医療崩壊”から“医療再生”へ崩壊が現実のものとなった日本の医療に対する再生改革案が提案されている。
詳細はサイトをご覧いただきたいが、現実的な改革案であると思う。
ここに「これまでの「日本の医療制度」の歴史と問題点」という資料がある。
これを見ると、1970年には高齢化社会に突入しているのにもかかわらず、1982年には医学部定員が削減されている。
今となってみれば医師不足を招いてしまった原因であり、まったく将来を構想する視点が政治家にも行政にも無かったといえる。
構想日本の加藤秀樹代表は「道路のような特定財源は色んな省庁にもある。」という。
医療もそうだ。国が決めたとおりに地方が施行しなければ、予算は付かないのだ。知恵を働かせて、努力をして、地方独自の医療を企画構想したところには補助金や予算は一切付かないのだ。
政治家やお役人は本当に国民のために一生懸命制度を作って、忠実に運用しているのだろう。
きっと政治家やお役人が悪いのではないと思う。
自分のことで考えてみても、確かに自分の性格や行動はすぐには変えられない。
自らの考え方や行動を変えられるような治療をしてくれる、精神分析医が今の日本には必要なのではないだろうか?
冗談のような真面目なお話。
たぶん、この国日本は、みんな、このまま変われずに崩壊の一途だと思う。
グーグルが医療情報システムサービスを提供
「グーグルと医療機関、オンライン医療情報システムで提携」
インターネットサービス企業の大手グーグルが医療サービスに乗り出した。
まずは米国での展開だがいずれは日本にも上陸するだろう。
ただし、日本は米国ほど自由診療が利用されていないので、利用者にとって米国と同じような効果が出るかどうかは疑問だ。
医療情報はプライバシーの最重要情報だと思うのだが、効率を求めるアメリカ人にとっては、個人の病歴も有効な医療情報との交換価値があればオープンにするほうが利便性があるということだろう。
グーグルのことだから充分なセキュリティを施すのだろうが、なかなかすごい覚悟だと思う。
これからの社会は、このようなサービスが拡大するのが必然だとするとプライベートな情報を秘匿することは難しくなるだろう。よって、病気に対する偏見を除いていくことだ。
肝炎やエイズに関しても、感染経緯とは別に病気は病気として捉える必要がある。
どんな病気も罹患するリスクがある、他人ごとではない。
インターネットサービス企業の大手グーグルが医療サービスに乗り出した。
まずは米国での展開だがいずれは日本にも上陸するだろう。
ただし、日本は米国ほど自由診療が利用されていないので、利用者にとって米国と同じような効果が出るかどうかは疑問だ。
医療情報はプライバシーの最重要情報だと思うのだが、効率を求めるアメリカ人にとっては、個人の病歴も有効な医療情報との交換価値があればオープンにするほうが利便性があるということだろう。
グーグルのことだから充分なセキュリティを施すのだろうが、なかなかすごい覚悟だと思う。
これからの社会は、このようなサービスが拡大するのが必然だとするとプライベートな情報を秘匿することは難しくなるだろう。よって、病気に対する偏見を除いていくことだ。
肝炎やエイズに関しても、感染経緯とは別に病気は病気として捉える必要がある。
どんな病気も罹患するリスクがある、他人ごとではない。
医療事故の原因を調べる第三者機関の創設
昨日の和田教授の「医療事故調査委員会」について、実際に検討されている内容がここにある。
「医療事故の処分、再発防止に重点」
これによると、医療事故調査委員会とは、医療事故の原因を調べる委員会は責任の追及を目的とした機関ではなく、再発防止や再教育を重視し、委員会と別の組織が行政処分を行う機関だそうだ。
主旨は正しいと思うが再発防止の手段をどのように作り、日本全国の病院に周知させるのか?
その方法はどのように考えているのであろうか?
情報が共有されない限り、再発防止は望めない。
今度は、再発防止の情報提供通達機関が厚生省の肝いりでできるのかもしれない。
また無駄遣い?
医療の問題は、資本の論理では解決できないと思うが、医療保険税という税金を無駄に使わないために民間が医療ビジネスを始めることがしやすい環境を作る必要がある。
厚生労働省は、民間企業の不正や有事の際に指導ができる、という法律を作るだけで充分。
できる限り医療業界のプロフェッショナルが自由に活動できる環境を整備してほしい。
やっぱり、お役人は国民を信頼して、国民は医師を信頼して、医師はお役人を信頼できる社会環境を作る必要があるんじゃないでしょうか。
「医療事故の処分、再発防止に重点」
これによると、医療事故調査委員会とは、医療事故の原因を調べる委員会は責任の追及を目的とした機関ではなく、再発防止や再教育を重視し、委員会と別の組織が行政処分を行う機関だそうだ。
主旨は正しいと思うが再発防止の手段をどのように作り、日本全国の病院に周知させるのか?
その方法はどのように考えているのであろうか?
情報が共有されない限り、再発防止は望めない。
今度は、再発防止の情報提供通達機関が厚生省の肝いりでできるのかもしれない。
また無駄遣い?
医療の問題は、資本の論理では解決できないと思うが、医療保険税という税金を無駄に使わないために民間が医療ビジネスを始めることがしやすい環境を作る必要がある。
厚生労働省は、民間企業の不正や有事の際に指導ができる、という法律を作るだけで充分。
できる限り医療業界のプロフェッショナルが自由に活動できる環境を整備してほしい。
やっぱり、お役人は国民を信頼して、国民は医師を信頼して、医師はお役人を信頼できる社会環境を作る必要があるんじゃないでしょうか。
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