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2010年3月16日火曜日

医療とお金を考えて。そして子供たち。

こんにちは、上原です。

早川先生、私や大森さんからの質問等にお答えいただき、ありがとうございました。やはり診療報酬は全国一律で決まっているのですね。そして、医師の報酬は別に決まっているわけではなく、それぞれ個々に決定しているとのこと、予想通りでした。

先生もおっしゃっている通り、私も医師の報酬は一律に決定した方がいいように思います。仕事の内容に応じて点数制などにして、必要な分野の報酬は高くなるようにできれば、なお良いですね。

最近、医師は人命にかかわるような科や人が集まらない大変な分野などでがんばればがんばるほど報酬的に報われないシステムになっているという問題について、テレビや新聞などでもよくとりあげられています。実際、医師の現場に報酬の不均衡、偏りが生まれているわけですが、これを解消するには、医師の報酬をできるだけ一律で公平にする以外になかなか方法はないのではないかと思いました。

さて、早川先生に「小児医療の論点」として5回にわたって投稿いただきましたが、最終的に今回は「医療とお金」の話になりました。でも、「小児医療」の現場に立つ早川先生に、ぜひおうかがいしたことは、他にもいろいろあります。

個人的には、やはり子供たちの心の問題について、早川先生にお聞きしてみたいと思っています。特に、最近、実際に小児精神科を訪れる子供たちは、どんな悩みを抱えているのでしょうか。一般的な傾向として、小児精神科の患者さんはここ10年20年で考えて、増えているのでしょうか。いつか機会がありましたら、そのあたりのお話も進めてみたいと思います。

「医療とお金」

「医療とお金」についてを拝見しました。

医師の報酬については、本当に難しい問題ですね。医師によってはモチベーションを含めて自らの医療技術の向上の目安を報酬で判断している人も多いのではないかと思います。

とはいえ、医師の能力や技量を公平に判断する方法や基準というものを作ることが可能なのかというと、とても難しいような気もします。

早川先生の「診療報酬大系のように一律に決める」という案も良いと思いますが、そこに患者の「この先生に診てほしい」という一票を報酬の判断に加える方法があると良いと思います。

無医村の村民の「この先生にいて欲しい」という気持ちを、報酬に反映する仕組みです。

中央社会保険医療協議会には患者の代表も参画しているのですが、もっと患者側がお金について色んな意見を言っていくことが必要だと思います。

医療費が無料は絵空事ではなく、フランスやデンマークでは現実に制度となっています。これはその国の国民が「執拗にそれを求めた」結果だと思います。

日本での理想は、医師と患者とでふさわしい制度を立案していく組織や団体ができて、活動の場を広げていくことだと思います。

「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」のような活動もはじまっているので、次は患者がこのような場に参加できるようにすることだと思います。

医療とお金について考えてみる

こんばんわ。早川です。
私の投稿に関して、大森さん、上原さんから投稿していただきましたから、私もわかる範囲でそれに応えていこうと思います。ただ、私はあくまで臨床医で、制度的なところはちょっとあいまいな記述になってしまうのはご容赦ください。まず大森さんの投稿ですが、医療体制の問題や日本の将来の話など、私も同感です。大森さんや上原さんとは仕事の分野は大きく異なりますが、考え方がとても重なるので「うんうん。そうだそうだ」とうなずくところが多いようです。「異分野の志を同じくする仲間」って、とても大事だと思います。改めてそんなことを感じました。大森さんが提起されたことは一つ一つ重要なことで、私自身いろいろ思うことはあるのですが、今回は大森さん、上原さんの両方から提起された「医療とお金」のことに絞って考えてみたいと思います。

まず、上原さんの質問に答えていきましょう。
医療費=診療報酬 と考えてよいと思うのですが、これについてWikipediaに書いてあるとおり、中央社会保険医療協議会という厚生労働省の協議会が決定します(その構成委員20人の名簿も載っています)。日本は国民皆保険制度ですから、自由診療を受けない限り医療費はこの協議会の決めた診療報酬点数どおりに決まることになります。同じ治療を受けても支払う金額が違うのは、病院と診療所で微妙に診察料が違っていたり、使う薬の薬価が違ったりなどするからです。この辺りはこれまでは患者さんたちはわからなかったわけですが、この4月から詳細な明細書(病院の詳しいレシートのようなものです)を渡すことになりましたので、4月以降に受診された方はすでに手にされたかもしれません。実はこれはとても大きな変化で、今後は勝手に不必要な検査などをされていればすぐにわかってしまうことになります。

次に医師の報酬ですが、これは全国一律に決まっているものではありません。公立病院は、法令で金額が定められています(ふつうは「医師になって何年目か」で決まります)が、これも県毎に違います。民間はそれこそまちまちです。科によっても違っていたりします。無医村などでは、都会では考えらないような高い報酬を提示して医師を求めたりしていますが、それでも医師が来てくれない、などという話はよく聞きます。最近では医師向けの転職サイトなどもありますが、中身は医師でなくとも見られるので見ていただくとよいと思います。

医者の報酬の問題は、いろいろな側面を持っているので、いくつか指摘してみますので考えてみてください。

1、医者のモチベーションはお金だけじゃない

お金のためだけに仕事をしているわけではない――というのは、どの仕事でも同じだと思います。医者は特に人から尊敬される仕事ですし、そういうモチベーションは高いです。そもそもが高所得を保証されているようなところもあります。ただ、自分の半分くらいしか大変ではない仕事をしている人が、自分の何倍も給料をもらっていたとしたらどうでしょうか?しかもその状態がこれからもずっと続くとしたら。やっぱりラクな仕事に移りたくなるのが人情ではないでしょうか。また、お金が大事か、仕事の充実が大事かといったことは、個人差もあるでしょう。

僻地でお金を出しても人が集まらないのは、この仕事がお金だけではない面を示していると思います。厳しい言い方になりますが、高い報酬を出して医師を呼ぼうとすれば、お金を大事にする医師が集まります。そういう人が十分に熱意があるかどうかは疑問でしょう。以前、NHKの「ご近所の底力」という番組で「かかりつけ医がほしい」という特集を組んでいました。ここでは、無医村で村民一体となって取り組むことで、医師がまた来てくれることになったということが取り上げられていました。僻地で働く医師が求めるのは、報酬よりもやりがいでしょう。そのためには、その地域の方々がどのような意識をもっているかが重要ではないかと思うのです。

2、高い報酬ゆえの高い要求

「高い給料もらってるんだから、これくらいして当然だろ」――これは時々患者さんに言われることです。落ち着いた状態ではあまり言われませんが、イライラしてくるとおっしゃいますから、ひょっとすると心の中でそう感じている方は案外多いのではないかと思っています。確かに、平均所得よりは多い金額を私たちはもらっています。しかし、スポーツ選手のような額ではありません。以前、何かの調査でありましたが、普通に勤務医をした場合、銀行に勤めるサラリーマンの方が生涯獲得賃金は多いようです。成功した開業医や、一部の特殊技能を持つ医師の報酬はかなり高い。しかし、ふつうの勤務医はみなさんが思われるほどではないんです。ただ医師の報酬は、プロフェッショナルとしての誇りが維持されるだけの高額でなければならないですし、医師の側もその報酬の高さに応えよう、という意識にならなければ、高い医療水準は維持できないと思います。

3、サービス業?公共の仕事?

医師の仕事はサービス業なのか――これが一番お話したいことです。
実際、今の日本の医療では、サービス業的な面を持つ医師が高い報酬をもらっているように思えます。小児救急でも、公共の仕事的である二次、三次救急よりも、サービス業的な一時救急の給料のほうが高いのが現実です。残念ながら、日本は他の分野でもサービス業優位のように思えます。確かに、医師にはサービス業的な仕事もできる面もあると思います。それも重要なことなのでしょう。しかし、そちらばかり評価してほしくはないんです。医師の仕事の本質はサービス業ではないと思うから。医師の仕事は、人の命を守るという、社会のライフラインの一つだと思うのです。私は、医師の報酬は、診療報酬大系のように一律に決まっていてよいのではないかと思います。今は、医療の分野、民間公立で偏りが大きすぎているように思います。「報酬が同じでは必要なところに人が集まらない」――ならば、診療報酬のように必要な分野の点数を高くすればよい。なによりも、仕事を金額ではなく、面白さで選ぶようになってほしいと思います。特に若い医者は純粋なところがありますから、金額が変わらなければ面白さで選ぶのではないでしょうか。医師の報酬については、大森さん、上原さんのご意見もうかがってみたいものです。

最後に、医療とお金について、一つヒントのようなお話をしておきます。
イギリスの話ですが、イギリスでは医療費をどの分野にかけるかは、地域の保健所のような機関に委ねられているようです。地域ごとに、予防医療にお金をかけたり、高齢者医療にお金をかけたり、いろいろしている。そして、国民は基本的にその地域で医療を受けるしかないから、どのような医療制度をその地域が選択するのかに、みな関心が高いようです。すみません、専門家ではないので詳細はわかりません。ただ、地域ごとに医療制度を選択できたら、関心も高まるのになあと思ってしまうのです。日本でも保健所がその地域でなにに医療費をかけるかを決められるとしたら、保健所長を選ぶのに選挙が必要になるでしょう。最近、後期高齢者医療制度の問題が取りざたされてますが、これも国民が「どうせ厚生労働省が決めることだから、自分たちが考えても仕方ないよ」と無関心になってしまったことに根っこがある気がします。やはり、これだけ民度が高まっている国で、中央集権が強すぎるのはよくないのではないでしょうか。

もっとみんなが自分の問題として考えられるためには、ある程度小さな規模の行政府が必要だと思います。

医療の問題=金の問題?

こんにちは、上原です。
早川先生による「小児科医療の論点」、とても興味深く読ませていただきました。
知らなかったこと、驚いたこと、もっと知りたいと思ったことなど、たくさんあったのですが、今回私から投稿するにあたっては、あえて一つの問題に焦点を絞ってみたいと思います。

それは「医療とお金」です。この場合、お金というのは、患者が病院に支払う医療費という意味と、医師が受ける報酬という二つのことを意味しています。このブログでも何度かふれてきましたが、結局、医療の問題のうち、もっとも大きな問題の一つは、「金の問題」という気がしてなりません。医療は業種や職業の一つである以上、お金と切り離して考えるわけにはいきません。しかし、医療は単なる仕事と割り切るわけにもいかないので、お金と切り離して考えざるを得ないのもまた事実。この矛盾が様々な問題を生んでいるのでしょう。

まず、患者が病院に支払う費用についてですが、高齢者にせよ、小児にせよ、救急医療にせよ、いずれにせよ完全無料化に私は反対です。早川先生も書いてらっしゃいますが、完全に無料化すると、たいしたことないのに医療にかかる人が増えるし、どうしても医療の質の低下につながると思います。安くてもいいから、少しでも自己負担費用を設定した方がいいと思います。いくらが適切な値段かというのは、難しいところではありますが。

で、非常に初歩的な質問で恐縮なんですが、医療費というのは、いったい、誰がどうやって決めているのでしょうか。厚生労働省が「点数」というのを決めているのですよね? でも、実際は、同じ治療を受けても、かかった病院によって医療費は違うように思うのですが、これはなぜなんでしょう。それとも、厳密に完全に同じ治療であれば、医療費はどこでも同じになるはずなんでしょうか?

そしてもう一つ、医師に支払われている報酬の問題ですが、これもいったい、誰がいつどこで決めているのでしょうか。各病院が勝手に決めているということでしょうか? 早川先生が「小児科の論点・第1回(4月6日)」で書かれていましたが、同じ麻酔科の医師でも国立のがんセンターだと年収700から800万ぐらいで、民間病院だと1000万を軽く超えるという、これほどの差はどうして生まれるのでしょう。

素直な頭で考えると、大変な仕事、キツイ仕事、なり手がすくない仕事には、多額の報酬がつくものです。なのに、その正反対になってしまうというのは、いったいなぜなんでしょうか。私には、不思議でたまりません。そんなに報酬に差があったら、民間病院を選ぶ医師が多くても当然です。大変な仕事やキツイ仕事を担当してくれる医師を募るにあたって、それにみあった報酬ではなく、個々の医師の倫理性と使命感だけが頼りとあっては、あまりにも非現実的な仕組みとしか言いようがありません。

しいていえば、そうした大変な仕事を安い報酬で担当してくれる医師に対して金銭の代わりに送られるのは、市民からの感謝の念と尊敬の念ということでしょうか。しかし残念なことに、利己的でわがままな患者も増えていて、それすらままならなくなりつつある、そんな気がしてなりません。

小児医療の論点 - 早川先生の投稿へ(意見と質問)

早川先生、診察や当直そして学会などでお忙しいにもかかわらずご投稿していただきまして本当にありがとうございます。先生にご協力いただくことで、本サイトもタイトルどおりみんなが幸せになる医療を考え、実現するための大きな一歩を踏み出すことができたと思います。

さて、早速初回から小児科医療という難しいテーマになりましたが、まずは私、大森から意見と質問を述べさせていただきます。

1)小児科医は男性女性どちらがよいか
小児科医が増えているというのは予想外でしたが、特に女性が小児科医を目指すということは、お産をするお母さんたちにとって心強く、かつ同じ気持ちがわかるので良いことですね。しかし、当直など深夜の往診などのためにも男性女性バランスの取れた医師の配置が必要だと思います。


2)医師の報酬設定
私も医師の医療の技術の質によって報酬を決めるのがよいと思います。医療保険制度との関連もあるので自由診療などの制度に関する議論も必要だと思います。
さて質問ですが、医師の診察の評価基準と方法はどのようにしたら現実的なのでしょうか?
誰(または組織?)が評価するのか、できるのか?医師と患者の第三者機関?または医療系官僚とかでしょうか?
また、そのような期間を設けた場合の各地方ごとの評価する基準と質は均等に保てる方法はあるのでしょうか?

3)医療費の捻出
子供を生む世代は経済的にも一番大変です。特に20代から30代はまだまだ給与もよい状況ではありません。いまは低成長期時代といわれて賃金も上がりにくいのが実情です。そこで、奨学金のように国がお産のために制度を新設するのがよいと思います。ただし、医療費も払わないフリーライダー(タダ乗り)の患者が増えているのでいっそのこと出産に関する医療費はすべて無料にするということにしたほうがよいかもしれません。やはり、医療費をどこから捻出するかが大きな問題ですね。医療問題はお金で解決しなければならないことが多々あると思います。悩ましいのは資源をどこから持ってくるかですね。

4)病院の体制
先輩医師の不在による若手へのノウハウや知識の継承がなされていない、とのご指摘がありました、これはとても深刻な問題です。たとえば夜勤も含めてチーム体制を組む病院に対しては診療報酬を増やす。小児科医を特定の病院に集約して専門性と運用を高める。早川先生がご提案されている看護師による訪問制度はよいと思いますし、お産婆さんの免許と役割を明確にしてお産婆さんたちで法人を作れるようになってもよいのではないでしょうか。お産婆さん、助産婦さんたちの仕事の領域の明確化と医師と看護師の効果的な連携制度を確立するのがよいと思います。

5)将来が不安なニッポン
今の日本は老人も壮年も若者も日本の将来が本当に不安なのです。この数年、北海道では多くの老人が冬の間は一日中近くのスーパーで暖を取って凌いでいるのだそうです。しかしその老人は一千万円ぐらいの貯金は持っているそうで、つまり、将来が不安だから貯金を使えない、ということなのです。高度成長期は核家族化で生産効率を上げるのが合理的でしたが、今の時代は核家族志向は無駄が多いと思います。たとえば、大家族や親と同居や近くに住む家族の税制を優遇するとか、大家族の医療費と住宅建築費を援助するなどの方法で日本人のスタイルを変えていく必要もあるのではないかと思います。
小生の母も介護保険の適用でサービスを受けていますが、いまの日本の介護制度は親子が離れて暮らしたほうがより得になることもあります。制度や法律を作る人たちに将来のビジョンに合わせた、一貫した仕組みづくりを期待したいです。

よろしくお願いします。

小児医療の論点 第5回 小児救急を受ける側の問題点<その3>

さて、5回にわたって掲載してきた「小児医療の論点」もいよいよ最終回です。「小児救急を受ける側の問題点」<その3>として、お送りします。

ここにもう一つの問題があります。「小児医療の無料化」の問題です。夜間の救急受診を増やすもう一つの問題がこれです。そしてこれは"美談"として語られがちなので危険なんです。小児医療が無料だとあたかも子どもを大事にしているように見えます。今やそれは規定路線のように語られていることが多い。しかし、小児科の現場では反対の意思を持っている医者は決して少なくないと思います。それは単純に「これ以上仕事が増えたら小児科医を辞めるしかない!!」というものです。以前、高齢者医療が無料化したときも、有権者へのアピール的な面が強かったと聞いたことがあります。

おそらく今は、高齢者はさすがに増えすぎて無料化を続ければ財政が破綻しかねないので中止
になったのだと思いますが、代わって小児医療が対象になっているように思います。しかし、高齢者医療の無料化は、はたしてよかったのでしょうか?私には、質の低下と、不必要な受診を招くだけに思えて仕方ありません。夜間はむしろ、昼間よりも高く設定すべきだと思います。そしてそのお金を本当に大事な二次、三次救急の充実に回していただきたい。そしてもう一つ、育児力を挙げる取り組みにもお金を回してほしい。

具体的に私が提案したいことが一つあります。夜間の小児向けの訪問看護です。最近、訪問看護ステーションは各地に充実してきていますが、小児向けの訪問看護を夜間中心に行っていくのはどうでしょうか?訪問であれば休んでいる子どもを起こして連れて行く必要もない。また、育児力を高めるための話を聞くこともできます。現在の小児科一次救急は、医師の判断を必要とするレベルのものは少なく、看護師が十分判断できるものです。むしろ、経験の浅い医師よりも、育児経験なども含めた意味で経験豊富な看護師のほうが、ずっと適任でしょう。医学よりも、看護が貢献できる領域です。

そして、ここを強調したいのですが、かならず有料で行ってほしいのです。行政サービスとして重要なのは、「希望をすれば必ずサービスが享受できること」で無料化ではありません。無料化すれば不必要な利用も増え、必ず質は落ちてしまいます。行政にはサービスの普及にこそ、お金を使ってほしい。正しいことに取り組む人たちが報われるように、インテンシブをきちんとつけてほしい。小児科救急と違い医師を必要としませんから、各地域に設けることもできます。コスト的にもよいでしょう。

医者はつい「何でもしなければいけない」と思いがちです。「医者の万能感」なんて呼びますが、患者さんの前で自信のない顔ができないからということで知ったかぶりをしがちですし、患者さんも医者に万能を期待しがちです。しかし、一人の人間が何でもできるわけがないですし、本来医者がすべきこと以上のことをしていれば医者不足になるのは当たり前なんです。このようになっているのは、日本において医療の地位が異常に高かったためなのでしょうが、最近は徐々に地位も低下してきて、適切なところに近づいていると思います。やはり、看護や教育のテリトリーを尊重しながら連携していくのがこれから必要なことだと思います。

小児医療についていろいろな話をしてきました。まだまだ話すべきことはありますが、この辺りでおしまいにしたいと思いますが、最後に一言言わせていただくと、今の親御さんの世代--30代は忙しすぎます!! 少子化担当大臣にはぜひこの辺りを検討していただきたいと思います。子どものすばらしさを伝えようとか、出産の無料化などを進めているようですが、親御さんたちが子どもを持つことのすばらしいことがわかっていないなんてことはないと思うんです。少子化の原因は「とても忙しくて子どもを育てる余裕がない」「教育費もかかるし、日本の将来が不透明で先行きが心配…」といったことではないでしょうか。あるお母さんは「日本の将来が心配で、生まれてきても苦労しそうだから、子どもの将来を考えると自信を持って生む気になれない」とおっしゃっていました。親御さんが余裕を持って楽しく育児ができるような社会作りを、みんなで目指していきたいですね。

小児医療の論点――第4回 小児救急を利用する側の問題点<その2>

<その1>で、小児救急の受診が増えているのは、子どもが重症化しているわけではなく、親御さんの育児経験不足が関係していると述べましたが、この問題をさらに根深くしているのが政治の問題です。つまり、小児救急の充実は市民に受けがよい。だから行政施策の中でも優先的に実現されるようです。

ただ、わかっていただきたいのは、「親が判断できないからと言ってすべての判断をいつまでも専門家に委ねるようでは、いつまでたっても親御さん自身の判断力は向上しないし、それではいつまでたっても育児が楽しくならない」ということです。育児は、育児力がついてきて自分の的確な判断で子どもが順調に育つと楽しくなると思います。しかし、いつまでたっても親御さん自身が的確な判断ができるようにならないと、育児は楽しいどころか苦痛なばかりです。育児が困難な理由は、個人的には①子どもが生きる環境が複雑になっていること、②親にかかる周囲からのプレッシャー(勝ち組、負け組とかいう話は親にはプレッシャーですよね)、そして③親御さんの育児力の低下、の3つによると個人的には考えていますが、育児が楽しめないことは長い目で見れば虐待のリスクファクターになるでしょう。その不安から親御さんは救急に追い立てられるように受診する。しかしそのことでますます育児力は低下する。子どもも具合が悪くて休んでいたいのに夜中に病院に連れて来られる。そんな悪循環があるのではないでしょうか。

この問題で一番問題なのは、私はマスコミだと思っています。マスコミは、議論するのが面倒な問題は「そういうことは専門家に任せて…」と言ってすぐに逃げてしまいます。救急の問題でも「困ったらお医者さんに相談して」「なにかヘンだと思えばすぐ受診しよう」などと言いますが、これは一見よいことのようでいて、実はとても危険な言葉だと思います。つまり、「自分自身が成長する」ということが放棄されてしまいかねないのです。

最近で一番顕著な問題は、インフルエンザの問題だと思います。インフルエンザをめぐっての"狂想曲"は大変なものがありましたが、マスコミは当初「心配だったらすぐに受診を」と繰り返していました。しかし、インフルエンザにまつわる様々なことを、重要度を理解したうえで伝えていたかと言えば、決してそうではなかったでしょう。確かにインフルエンザは合併症もあり怖い病気ですが、よく考えてみれば昔は休息と水分補給でみんな治していたんです(注:鳥インフルエンザの問題はまた別です)。インフルエンザが危険なのは、やはり体力や免疫力の低い高齢者や赤ちゃんなんです。インフルエンザで命を落とすケースも、ほとんどは高齢者が赤ちゃんなんです。もちろん例外もありますが、大事なのは高齢者や赤ちゃんにうつさないこと。つまり、感染拡大をしないことなんです。インフルエンザで大事なのは、まず予防です。ワクチンを必ず打つことと、流行期には人ごみではマスクをするなど防御をすることです。そしてもしかかってしまったら、とにかく休息をとることと、他の人にうつさないことでしょう。インフルエンザにかかった人が出歩くことで、感染が広まります。さらに言えば、インフルエンザの感染は地域性が大きいですから、自分が生活する地域で流行っていなければかかることはまずない。こういったことをちゃんと重要度のバランスを理解したうえで伝えていたかどうか。例えば、ワクチンの重要性を理解してワクチン接種のキャンペーンを行ったかどうか。その地域でのインフルエンザの流行情報などを伝えていたかどうか。情報の重み付けを
せずにただセンセーショナルに伝えるだけでは、プロとしての責任はないと言わざるを得ないでしょう。厳しく言えば勉強不足です。

少し脱線しましたが、同じようなことは育児の問題でもあります。とかく、今のお母さん方はプレッシャーにさらされます。と同時に、きちんとした育児の情報が得られていないことも多いように思います。そして、育児力が上がらないと楽しんで育児ができないとしたら---必要なのは、単に「専門家にお任せ」と言うことではなく、親御さんの育児力が高まるような働きかけではないでしょうか。

小児科医療の論点――第3回 小児救急を利用する側の問題<その1>

こんにちわ。早川です。
投稿の間隔が少し空いてしまってすみませんでした。今週は仕事が多くて書くことが難しかったです。今回は、非常に微妙な問題で、それゆえに議論を避けられてきた話だと思います。しかしこれからのことを考えるととても重要な問題なので、3回に分けて述べさせていただきます。

③小児救急を利用する側の問題<その1>

前回まで①小児科医の数の問題――数は減っていないが、医師の倫理性だけに頼るマネージメントではきつくて危険で給料の安い分野に人が集まらないということ、②小児救急の問題――本当に命に関わる二次、三次救急が危機に瀕しているということ、を述べてきました。今回はその小児医療を利用する側についてですが、①②の問題も大きく関わる問題です。まず、小児救急を利用する側の現状について簡単に確認しましょう。これも、これまでと同じく厚生労働省の資料の図9を確認してください。小児科の救急の受診者数が増えていることがわかります。

実際、小児科で当直をやっていると、内科や外科と一緒に当直しているのに、呼ばれるのは小児科ばかり、ということもあります。でも、少し奇妙ではありませんか? 少子化の問題が叫ばれて久しいわけで、出生数は減っています。それなのに、救急の受診数は増えている――これは簡単なことで、1人の子どもあたりの受診回数が増えているわけです。これは、一般的には「最近の親御さんは、子どものことをとても大事にしている」ということになるのかもしれませんが、はたしてそうなのでしょうか。

実際に当直をしていると、「親御さんご自身が不安で仕方なくて受診に至ったケース」がけっこう多いのです。ふだん子どもをあまり見ていないお父さんが不安で仕方なくて朝まで待てずに来たり、お母さんが不安に駆られてお父さんが仕事から帰るなり一緒に来る、というケースが多く見られます。深夜に眠い子どもを起こして1時間以上かけて受診するケースも珍しくありません。ただ、これは子ども自身にとってよいことなのでしょうか?

もちろん、身体的に厳しい状況のお子さんもおられます。その場合にはすぐに受診すべきでしょう。しかし、そうでなければ夜はよく休んだほうがよいものです。このような話をすると「その判断がつかないから連れて来ているんだ!」と怒られる方もおられるでしょう。もっともです。迷う場合には受診すべきでしょう。しかし、次に同じ状況になったときには親御さんご自身が判断していけるのがよいと思うのです。そしてさらに言えば、事前に親御さんが勉強していけたらよいのになあ、と思うのです。

小児救急の受診が増えているのは、子どもが重症化しているわけではなく、親御さんの育児経験不足によると思います。昔は一人っ子ということは少なく、上の兄弟で育児経験をお持ちの親御さんが多かったでしょう。加えて、大家族の中で育児経験を豊富にお持ちのご家族がおられたかもしれませんし、弟さん、妹さん、甥御さん、姪御さんで育児経験をお持ちのお母さんもおられたでしょう。子どもというのはとても"自然"な存在です。本に書かれた通りにはなかなかいきません。やはり実際に見て経験してみないとわからないものです。そして、経験して「こんなものか」とわかると、けっこう自信が持てるものです。少子化で育児経験が持ちにくい現状はすぐには変わりにくいのですから、そこをなんとか仕組みでバックアップしていけないかと思うのです。私は以前、当直で受診された方で一人目のお子さんの親御さんに、医師会が作った子どもの病気についてのパンフレットを差し上げていたことがあります。多くの方はかなり喜ばれます。親御さんたちも不安を抱えて受診しているわけですから、適切な情報が提供されるとホッとするのでしょう。

子ども自身について考えてみると、具合が悪いときには寝るのが一番です。その昔、森鴎外(作家ですが、本職は医者です)も「病気なんて寝ていれば治る」と言って、自分はどんなに具合が悪くても医者にはかからず寝ていたということです。まあ、鴎外の場合は自分が医者ですから判断がついたとも言えますが、具合が悪いときに寝ることが大事なのは間違いない。ただ、ぐったりしている場合にはすぐに来てもらう必要があります。しかし、子どもの「ぐったり」の判断は確かに難しい。だから「自分で判断がつかないから受診するんだ」ということになりますが、これは決して医学の勉強したらわかるようになる類のことではありません。例えば、ベテランのお母さんはこの「ぐったり」を的確に判断されます。この感覚は勉強というより経験だと思います。

この問題をさらに根深くしているのは、政治の問題と絡んでいることだと思いますが、続きは<その2>で。

小児医療の論点――第2回 小児救急について考える「命に関わる小児救急は二次三次」

こんばんわ。前回に引き続き早川です。
前回は、小児科医不足の問題を検討しました。小児科医数自体は決して減ってはいませんが、労働の実態(大変さ、質、危険度)と給与があまりにアンバランスで、それは子どもの生命の安全を確保する意味でも「医師の倫理性」持ち出して解決するような問題ではない、というお話をしました。

資本主義社会の中では、いかに医師が公共性の高い職業とは言え、よりよい条件を求めて職場を選択するのは当然と言えると思います。むしろ、医師の倫理性が高く、「少ない給料で危険な仕事にも従事していたからなかなか問題が露見せず、こんなゆがんだ状態にまでなってしまった」と言えるかもしれません。さて、今日はその話とつながっていますが、小児救急の話です。

②小児救急の問題

さて、前回の麻酔科医の例、先に出てきた「労働の実態(大変さ、質、危険度)と給与があまりにアンバランス」の好例が、まさに小児救急です。
小児救急は、小児科医の仕事の中でももっとも大変と言ってよいと思います。
小児救急が難しいのは、内科や外科の救急と違って、小児科医しかできないということです。内科の当直ならば消化器科、呼吸器科、循環器科など様々な科の医師が担当できます。同様に、外科の当直も消化器外科、泌尿器科、脳外科…というように、いろいろな科が交代で当直するので、各医師の当直の負担は軽いのです。しかし小児科は小児科だけで当直を担当しないといけないので、負担は膨大になります。実際、他の科では月の当直回数は2-3回ですが、小児科では少なくて月に4回、多いところでは月に8回もの当直に取り組んでいることになります(参照の図12)。さらに、小児科は昨今、女子学生が志望する比率が高くなっています。それはとても喜ばしいことなのですが、一方で図14、15あるように、育児を行う女性医師はどうしても勤務時間が短く、また育児のために休職することも多くなります。すなわち、小児救急に携わることは難しくなり、残された者たちの負担はますます増加してしまう、というのが現状なんです。

ここで少し補足しておくと、小児科で女医さんが増えるのはとてもよいことと思っています。お子さんのお母様方としても女医さんのほうが相談しやすいこともあるでしょうから。ただ、現在の医療システムは、せっかくの人材を生かしきれていないと思います。育児が少し落ち着いて余裕が出てくると、時間限定で診察を再開したいと考える小児科の女医さんは案外少なくないように思います。しかし今のシステムでは、そのような意欲のある女医さんが復職しにくい状況にあります。やりがいのある仕事が与えられませんし、「当直ができないなら雇えない」という病院もあります。「小児科は不採算部門だから閉鎖しよう」という病院が多いのが現状ですから、当然と言えば当然なのですが。

でも、そのような女医さんにこそしてもらいたいような仕事はいっぱいあります。検診の仕事や教育や福祉関係の仕事です。子どもを育てているからこそ強い関心を持って取り組める仕事でしょう。また、託児所や病児保育の問題もあります。働きたくても子どもが預けられず働けない――ただこの問題は他の仕事も同じと言えばそうですが、小児科医不足が話題になって「いかに小児科希望者を増やすか」などという見当違いでいつになったら効果が現れるのかわからないような話を聞くたびに、「それよりも今の小児科医が働きやすい環境を作って今の小児科医を有効活用してもらった方が、ずっと有効だし即効性あるのにな」とつい思ってしまうわけです。

ちょっと脱線しましたが、本題に戻りましょう。
さて、小児救急については、昨今、各自治体も行政サービスとして小児科の夜間救急診療所を作ったりしていることがよく見られます。これは、地域住民の要望により、かなりの高額の給料を払うことで当直医を集めているわけですが、これには注意が必要です。
小児科に限らず救急医療は「一次、二次、三次」という段階があります。簡単に言うと、一次は外来だけで入院が必要のない救急、二次は入院が必要なレベル、三次は集中的な治療が必要な重度の救急ということです。この中でいま各自治体が行政サービスとして行なっているのは一次救急になります。しかし、少し考えればわかることですが、子どもの命を守るのは一次ではなく二次、そして三次救急です。厳しい言い方をすれば、一次救急の大半は「明日でもかまわない」ようなものであり、「親の不安を支えている」ものです。そして、実はいま小児救急で問題になっているのは、一次救急をできる医者はいても、二次、三次救急をやる医者が減ってしまっているということなんです。

この原因として、私は2つのことを考えます。1つ目は先ほどから挙がっている勤務条件と報酬の問題です。各自治体がやっている一次の小児救急では、人が集まらない場合には高額な報酬を払っていることもあるようですが、残念ながら二次、三次救急の医師は決して報われていません。医療としては高度なことをしているのにもかかわらず、報酬として報われないとしたら…。特に、救急という仕事は高次になるほど緊張感も高く消耗しますから、少ない勤務時間で高い報酬が得られるべきでしょう。そうしないと燃え尽きてしまい長く勤務できずにやめていくことになってしまいます。

そしてもう一つが、小児科医が特定の病院に集中して勤務せず、少人数に分かれてしまってるということなんです。これは、何度も挙げている厚生労働省の資料の表8に書いてあります。例えば、月に4回の当直だとすると、30日回すためには7-8人が必要です。さらに、三次のような高度な救急をするためには、毎晩2人で当直する必要がありますから、月に4回の当直なら15人必要なんです。

しかし、全国の小児科のうち、6人以下の病院が84%を占めており、10人以上の病院は7%に過ぎません。若手医師の立場からすると、医師の数が少ないところではベテランの先生から教われないので見よう見まねで自分でやるしかなく、自分が成長できない心配があるのであまり人が集まりません。国立成育医療センターやその他の小児病院に、たとえ給料が安くても若手の医師が多数集まるのは、若者の向学心から言って当然でしょう。ですから、小児救急が厳しいと言われているところでは、小児科医を一箇所に集め、高次の救急に取り組む者に高い給料を払うようにすれば、よいと思います。

しかしここで重大な問題が出現します。つまり、地域住民のニーズです。実は、二次、三次救急は、実際はお世話にならない人が多いので、その重要性が伝わらず、あまり重視されないんです。しかし、二次三次救急が充実していないと、いざと言う時には命に関わってしまう。そして、お金に限りはあるから、二次三次を充実させれば当然一次救急にはあまり資本投下がされなくなります。それでよいのかどうか。それを決めるのはやっぱり市民です。

ただここが重要なのですが、「すでに小児救急の地域格差ははっきりとある」んです。自治体によっては、「お金がかかるから三次救急はやらない」という方針もあるようです。それはすなわち、「地域によって子どもの命の安全が違う」ということです。それでよいのでしょうか?
私は時々思うんです。不動産選びの時にどうしてこういう情報が重視されないんだろうかって。24時間営業のスーパーよりも、安心して任せられる高次医療機関が近くにあることの方がずっと大事だと思います。
(第3回に続く。次回は月曜日に投稿予定)

小児医療の論点――第1回 小児科医の不足について考える「小児科医は増えているのに足らないのはなぜ?」

はじめまして。医師の早川と申します。
大森さん、上原さんとはふとしたきっかけで知り合い、その後もいろいろとお話させていただきました。
その話の中で、「みんなが幸せになれる医療」への投稿の話が出て、私も大森さん、上原さんの問題意識に感じるところがあり、今回投稿させていただくことにしました。
私自身、医療の世界に入る以前、社会学や教育学を学んだりしていたので、社会批評的な視点を持ちながら医療に取り組んでいるように感じています。
それが私のスタンスだと思います。
さて、細かいことはまた追々として、本題に入りましょう。

上原さんからの問は、①小児科医不足の問題、②小児救急の問題、特に③小児救急を利用する側の問題、の3点になると思います。
この内、①②は一般によく言われていることですが、実はなにが問題なのかよくわからない、ということではないかと思います。
そして③は、①②とも関係するとても大事な問題なのですが、とてもナイーブな問題なためになかなか触れられずにきた問題のように思います。
いずれもとても大事なことなので、まずは一つ一つ検討しましょう。

①小児科医不足の問題
これについては厚生労働省のホームページに基礎資料があります。
これは、「医師の需給に関する検討会」の第3回検討会に日本小児科学会が2005年4月6日に提出した資料で、現在の小児医療を知るためのよい基礎資料だと思います。かなり長い文章ですが、ポイントは、
・小児科医師がかなりの過剰労働を強いられている。
・女性小児科医師が年齢が上がるとともに減少している。
・コストのかかる小児科を切り捨てる民間病院の増加している。
・小児科医が小さな施設に分散しているため過剰労働になっている。
ということだと思います。
さて、このホームページの表1、図1、図2をよーく見ていただきたいのですが、実は小児科医の数自体は微増ですが増えているんです。産婦人科医は明らかに減っていますが、小児科医は勤務医、開業医ともに増えている。

ではいったいなにが「不足」しているのか。ここで参考になるのが、図1の麻酔科医のグラフです。
図1にある通り、麻酔科医の数は大きく増えています。しかし、昨今のニュース(例えば最近では、がんセンター中央病院での麻酔科医不足の話にもあるように、麻酔科医も足らないと言われています。実は、先の「医師の需給に関する検討会」は、数ある医師の専門科の内、小児科医、産婦人科医、麻酔科医の3つを医師数が「足りていない科」として検討しているんです(ちなみに麻酔科医の資料)。しかしこの内、実数が減っているのは産婦人科だけで、小児科医と麻酔科医は数は増えているのに足らない――。これはどういうことかと言えば、「3Kでお金にならない仕事をする医師が減っている」ということなんです。

例えば、麻酔科医の中でも、緊急手術でいつ呼び出されるかわからないような勤務はとても大変です。それと比べて、ペインクリニックや、待機手術しかしないような勤務は安定しているしとてもラクで、しかも安全です。この「安全」はとても大事で、実は先の小児科医、産婦人科医、麻酔科医は、医師の中でも訴訟されやすい分野なんです。さらに、その安全でラクな勤務の方が、給料が高くなる場合もあるんです。先ほどの麻酔科医についてのがんセンターのニュースには、「がんセンターでは給与は年間700~800万円だが、民間病院なら1000万円半ばから数千万円になる」という記載があります。これだけの差があるとして、民間病院を選択することをとがめるのは難しいと思います。
考えてみてください。[勤務時間は不定期で長い、ストレスも高い、さらに訴訟の危険も高い]仕事と、[勤務時間は決まっていて短い、ストレスも低い、そして訴訟の危険も低い]仕事の2つを選べるとして、しかも給料が変わらない、ましてやラクな勤務の方が給料が高かったとしたら、あなたはどちらを選びますか?ラクな仕事に移る医師を、あなたは責められますか?
小児科医もこれと似たような状況にあります。すなわち、「小児科医自体は増えているが、大変な部分を担当してもあまり報われないこともあって、大変な部分を担当する医師が減ってきている」ということです。

このような話をすると、よく言われるのが「医師の倫理性」です。
すなわち、「医師はお金のためではなく、人々のために奉仕するべきだ」という考え方ですね。
この気持ちはよくわかりますし、私も以前そう思っていましたし、多くの小児科医はそのような「一種の使命感」を持っているのではないでしょうか。しかし、その使命感ゆえに小児医療は危機に瀕することになってしまったのだと思います。
先ほどの厚生労働省のホームページの表5,6,7と図11,12,13を見てください。これほどの過剰勤務になぜ小児科医は耐えているのか。
「子どものため」という使命感に他ならないと思います。
しかし、使命感だけではもはやどうにもならないところまできています。身体を壊す医師もいますし、過労死もありえます。さらに、医学生が小児科の将来に希望を見出せず希望する人が減るとしたら、もはや存亡の危機でしょう。
私は小児科の現状は、小児科医師の奉仕の精神でギリギリもっているのだと思います。
しかし、それでいいのでしょうか。私たちの子どもの命を、このような風前の灯の下においてよいのでしょうか。もっと、確かに守っていくのが、大人の使命ではないでしょうか。
小児科医師の奉仕の精神は、今にも燃え尽きんとしていると思います。それでも「お金じゃない。気持ちだ」というのか。私はそれは欺瞞だと思います。
小児救急を行政サービスと考えるならば、やはりきちんとしたペイメントを払って、医師を安定的に確保できるようにしないといけないと思います。

そして、この「倫理性と報酬」の問題は、医療以外で高い倫理性が求められる職種――教員、官僚などで生じている問題とも根を同じくするような問題のように感じられるのですが、いかがでしょうか?
(次回に続く。次回は水曜日に投稿予定)

病を治すのではなく、死を迎えるための医療

2月24日(日)にNHKスペシャルで放送された、
「最期の願いをかなえたい~在宅でがんを看(み)取る~ 」
横浜市瀬谷区の開業医、小澤竹俊医師が末期がん患者らの、在宅での最期を支えるドキュメンタリー。
誰もが、医師は病を治すというのがすぐに頭に浮かぶだろうが、小澤医師の医療は「死を迎える」ための医療だ。それも、できる限り最善の形で患者と家族が納得するように。
高齢者が増えたこれからの日本では、医療に求められるのは治療と同時に、死を迎えることだ。
小澤医師と看護スタッフの献身的な仕事ぶりは誠実そのものだ。
印象に残ったシーンと言葉。


「逃げない」
この番組から教えられたことは、仕事においても、人生においても、そして死も、逃げずに覚悟すること。
生きることも、死ぬことも同時に辛いことだけれど、そんなときはこの番組を思い出そう。

インフルエンザ専門サイト

まもなく3月。
天気予報では今週から気温が10度をこえて暖かくなるそうですが、まだまだインフルエンザで倒れる人が多いのも事実です。
インフルエンザに関するサイトがあります。
「インフルエンザ2007/2008」
予防注射はもう遅いかもしれませんが、情報装備は遅いということはありません。

歯科医のネットでの評判と現実は?

歯医者で痛い経験をしたのでここに報告します。
昨年末から歯が痛み出したので、忙しいこともあり、インターネットで土曜日曜も診察している歯科医を見つけ、年明け早々に行ってみた。その歯科医を選んだのは休日診療はもちろんのこと、口コミ評判でもユーザーから賞賛する意見が多かったからだ。
中には「神奈川でナンバーワンです」とか(笑)。
実際に訪問すると若い先生が出てきて「虫歯を治すには親不知も一緒に抜くのがよい」との提案を受けたのでそのとおりにした。
親不知と奮闘すること約1時間。抜き方が悪かったらしくドライソケットになり再度骨を削る再掻破をやられた。
親戚の歯科医に聞いたところ「いまどき親不知の抜歯は15分以内。ドライソケットで再掻破は10年前の治療法。1時間以上かかる場合は口腔外科に回さないとプロの判断ではない」と言われた。
その若手の先生も一所懸命で、誠実だっただけに悲しかった。

1)医療機関は若手の医師をチームでサポートする体制を作って上げてください。
2)病院選びはインターネットではなく、信頼できる人から紹介を受けるのがベストかも。

しかし、この1)と2)も実は難しい。
その歯科医も若手医師が困っているときに中堅の医師が来たのだが、誠にそっけなく、かえって若手医師が困惑している様子だった。チーム医療は習慣になっていないといざというときには出来ないものなのですね。

2)についても、人間関係が複雑になっている現在、紹介したりされたりすると、いざというときの責任の所在が問われることにとても大変なことになり、うかつに紹介はできない。

医療、特に「死」や「痛み」に対して対処するには、本当に難しい世の中になってしまったと思います。

だからこそ、良いお医者さんを見つけて、かかりつけの病院を作っておくことをお勧めします。
歯医者も通ってみてわかりますからね。

みなさん、何にも無くても、早めに歯科検診を受けられることをお勧めします。
悪くなってからでは、大変なことになります。

文責:大森

医療の原点

恥ずかしながら知らなかったことがありましたので記載しておきます。

「医学の父」と呼ばれた古代ギリシアのヒポクラテスは、医療に関わる人間には「倫理」が必要であると考え、こんな言葉を残したそうです。


ヒポクラテスの誓詞(一部抜粋)

1、医の実践を許された私は、全生涯を人道に捧げる。

1、恩師に尊敬と感謝をささげる。

1、良心と威厳をもって医を実践する。

1、患者の健康と生命を第一とする。

1、患者の秘密を厳守する。

1、医業の名誉と尊い伝統を保持する。

1、同僚は兄弟とみなし、人種、宗教、国籍、社会的地位の如何によって、患者を差別しない。

1、人間の生命を受胎のはじめより至上のものとして尊ぶ。

1、いかなる強圧にあうとも人道に反した目的のために、我が知識を悪用しない。

これが医療の原点ですね、稀に見るすばらしい普遍的な考え方です。

大森

名医より良医を

文藝春秋10月号の「最高の医療」特集が参考になる。
特に鎌田實医師(諏訪中央病院名誉院長)の「かかりつけは名医より良医を」が良い。
鎌田先生の「日本人は自己決定ではなく共同決定が相応しい」との言葉に共感。
今の日本の医療の問題と患者としての心構えも参考になるので、ぜひご一読を。
文責:大森

救急車の悲劇

こんにちは、上原です。

 先月、痛ましい事故がありました。奈良県在住の妊婦の方が救急者で搬送中に事故にあって、結果的に流産されてしまったという事故で、ニュースでも大きくとりあげられましたね。女性の受け入れ先がなかなか見つからず、ようやく搬送されることになったのは大阪高槻市の病院。なんと十カ所目の病院だったそうで、途中で自動車事故にあわれたこともあって、病院についたのは約3時間後だったとのこと。この事故からはさまざまな問題が見えてきますが、もっとも大きいのは、産婦人科医の全国的な不足の問題でしょう。

 大都会以外での医師不足が全国的に問題になっていますが、ことに産婦人科医の不足は、深刻な状況です。以前、このブログでもとりあげたことがありますが、近年では、患者が医師を訴える可能性が高くなる、産婦人科や外科医の数がどんどん不足しているんだそうです。

 先日知り合いの医師から聞いたのですが、最近はお産に際して「絶対に苦しいのはイヤ」とか、あれこれ要望を言ってくる人が増えているんだそうです。場合によっては祖父母が登場してきて、「うちの娘に(嫁)少しでもツライ思いをさせては困る」と、あーだのこーだのと無理難題を言ってくることもあるんだそうです。そんな話を聞いていると、産婦人科医になるのを嫌がる人々が増えるのもわかる気がします…。結局は、このブログでも何度もとりあげてきている、医師と患者の信頼関係と、それぞれの責任感の問題なのでしょう。

 この件にからんでは、救急車の出動回数が激増している、というお話ににもふれたいと思いますが、それはまた次回に。

院内暴力

まったく不幸な連鎖である。
日本の患者は医療に対する不満と不信感が増えているのだろうか。
患者の「院内暴力」急増

患者の暴言とドクターハラスメント。
この国の医療の将来が不安になるが、メディアは丁寧に個別具体的な事例を紹介するように努力して欲しい。

メディアは社会的なイメージも醸成しやすいので、特に注意していただきたい。

朗報!仮想内視鏡

大腸がんの早期発見に威力を示すであろう「仮想内視鏡」の利用が始まった。
大腸がん対策に“最新兵器” 仮想内視鏡で受診率アップ
大腸の検査は確かに苦しい。麻酔をかけてもらうと大丈夫だが、その後その日の仕事に影響する。
この仮想内視鏡は数秒で検査が終わってしまい、5mm程度のがんも見逃さないそうだ。
このような装置こそ、大至急全国の主要病院に配置する必要がある。
日本人の大腸がんの罹患率はどんどん向上しているそうだ。
この仮想内視鏡で早期発見が常識になれば、結局は医療費の削減になる。
政府は大幅に予算を割いて早期の導入を目指すべきだ。
くどいようだが、健常者を増やすことが税の収入を増やすことにもなる。
借金をしてでも早く導入すべきである。

久坂部羊さんの鋭い提言

こんにちは、上原です。

医師で作家の久坂部羊さんは『日本人の死に時』という本を執筆された方です。
本そのものは未読なのですが、先日久坂部さんのインタビューを新聞で読み、とても印象に残ったのでご紹介させていただきます。

久坂部さんはここ10年老人医療に携わり、たくさんの人々を看取ってきたそうです。そこで気づいたのは、医療によって「死ねなくなった」時代の悲惨さでした。

久坂部さんは語ります。「命を救うのが医療ですが、こと老人に関しては、完全に治療するのは難しく、栄養補給などによって中途半端に生かされてしまうことが少なくない。むりやり命を延ばされると、生きること自体が苦しみになってしまいます」。

救える命はもちろん救うべきです。でも、何のための延命なのか。余命1ヶ月が3ヶ月に延びたとしても、その間の2ヶ月がただひたすら苦しいだけだったらその医療は本当に必要なことなのか、本人にとって良い選択なのか、疑問に感じる方も多いのではないでしょうか。

また、お金の問題とは別とはいえ、日本の医療費の多くが末期患者の治療に費やされているという事実。

久坂部さんはこうも語っています。「世にあふれる元気な高齢者の話題も問題なのです。誰もがそんなに元気で長生きできるわけがないのに、人々の長生きへの欲望をかきたて、その一方で健康不安をあおっている」。

久坂部さんの本のサブタイトルは、「そんなに長生きしたいですか」だそうです。
長生きは素晴らしい、いいことだと、少しでも長生きすることが人生の目的となってしまうような、現代の風潮。いかに生き、いかに死ぬか。一人ひとりに科せられた、究極の課題です。

上原さんの「も一度、セカンド・オピニオンについて」への応答

2007年05月04日付けで投稿された上原さんのご意見に補足します。
もうひとつの問題は病院も診療報酬の低下や診療費未回収が多くなったことで、企業として利益を上げる必要が出てきたことでしょう。利益追求のために積極的なセカンドオピニオンを発する医師もいないとは限らないでしょう。
セカンドオピニオンで積極的な意見が出たとしても、それがはたしてどこまで客観的なものであるかは、医療の素人である患者にはまったく判断がつきません。
そこで、現状考えられる方法としては、
1)チーム医療を促進し医師個人の意見ではなく、内科、外科、精神科、看護などのさまざまな視点からの意見を参考にする
2)各病院はインターネットで手術の実績や治癒回復率のデータを公開すること
3)実際に病院にかかった患者が病院の審査報告ができるような非営利団体の病院情報サイトを開設する

それぞれに個性を出して経営努力を重ねる病院も卓さんあります。
患者の不幸は、よい医師に出会える方法が無いことです。

まだまだ不十分な当ブログですが、将来は患者同士でよい医師と医療に出会えるためのサイトに発展させていきたいと思っています。

よろしくお願いします。