心の病は、社会の病。

みんなが幸せに生きていけるように、より良い社会を求めて。

2010年3月16日火曜日

小児医療の論点――第4回 小児救急を利用する側の問題点<その2>

<その1>で、小児救急の受診が増えているのは、子どもが重症化しているわけではなく、親御さんの育児経験不足が関係していると述べましたが、この問題をさらに根深くしているのが政治の問題です。つまり、小児救急の充実は市民に受けがよい。だから行政施策の中でも優先的に実現されるようです。

ただ、わかっていただきたいのは、「親が判断できないからと言ってすべての判断をいつまでも専門家に委ねるようでは、いつまでたっても親御さん自身の判断力は向上しないし、それではいつまでたっても育児が楽しくならない」ということです。育児は、育児力がついてきて自分の的確な判断で子どもが順調に育つと楽しくなると思います。しかし、いつまでたっても親御さん自身が的確な判断ができるようにならないと、育児は楽しいどころか苦痛なばかりです。育児が困難な理由は、個人的には①子どもが生きる環境が複雑になっていること、②親にかかる周囲からのプレッシャー(勝ち組、負け組とかいう話は親にはプレッシャーですよね)、そして③親御さんの育児力の低下、の3つによると個人的には考えていますが、育児が楽しめないことは長い目で見れば虐待のリスクファクターになるでしょう。その不安から親御さんは救急に追い立てられるように受診する。しかしそのことでますます育児力は低下する。子どもも具合が悪くて休んでいたいのに夜中に病院に連れて来られる。そんな悪循環があるのではないでしょうか。

この問題で一番問題なのは、私はマスコミだと思っています。マスコミは、議論するのが面倒な問題は「そういうことは専門家に任せて…」と言ってすぐに逃げてしまいます。救急の問題でも「困ったらお医者さんに相談して」「なにかヘンだと思えばすぐ受診しよう」などと言いますが、これは一見よいことのようでいて、実はとても危険な言葉だと思います。つまり、「自分自身が成長する」ということが放棄されてしまいかねないのです。

最近で一番顕著な問題は、インフルエンザの問題だと思います。インフルエンザをめぐっての"狂想曲"は大変なものがありましたが、マスコミは当初「心配だったらすぐに受診を」と繰り返していました。しかし、インフルエンザにまつわる様々なことを、重要度を理解したうえで伝えていたかと言えば、決してそうではなかったでしょう。確かにインフルエンザは合併症もあり怖い病気ですが、よく考えてみれば昔は休息と水分補給でみんな治していたんです(注:鳥インフルエンザの問題はまた別です)。インフルエンザが危険なのは、やはり体力や免疫力の低い高齢者や赤ちゃんなんです。インフルエンザで命を落とすケースも、ほとんどは高齢者が赤ちゃんなんです。もちろん例外もありますが、大事なのは高齢者や赤ちゃんにうつさないこと。つまり、感染拡大をしないことなんです。インフルエンザで大事なのは、まず予防です。ワクチンを必ず打つことと、流行期には人ごみではマスクをするなど防御をすることです。そしてもしかかってしまったら、とにかく休息をとることと、他の人にうつさないことでしょう。インフルエンザにかかった人が出歩くことで、感染が広まります。さらに言えば、インフルエンザの感染は地域性が大きいですから、自分が生活する地域で流行っていなければかかることはまずない。こういったことをちゃんと重要度のバランスを理解したうえで伝えていたかどうか。例えば、ワクチンの重要性を理解してワクチン接種のキャンペーンを行ったかどうか。その地域でのインフルエンザの流行情報などを伝えていたかどうか。情報の重み付けを
せずにただセンセーショナルに伝えるだけでは、プロとしての責任はないと言わざるを得ないでしょう。厳しく言えば勉強不足です。

少し脱線しましたが、同じようなことは育児の問題でもあります。とかく、今のお母さん方はプレッシャーにさらされます。と同時に、きちんとした育児の情報が得られていないことも多いように思います。そして、育児力が上がらないと楽しんで育児ができないとしたら---必要なのは、単に「専門家にお任せ」と言うことではなく、親御さんの育児力が高まるような働きかけではないでしょうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿