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2013年4月20日土曜日

日本人は「近代化」に耐えられるのか

こんばんわ。早川です。
北朝鮮でミサイル発射の話が出たかと思えば、ボストンマラソンでテロが起こったり、せわしない日々が続いていますね。

さて、大森さんからは「近代がこれからはじまる」という話、上原さんからは「日本の「あうんでわかりあう文化」が失われるのはさみしい」という話がありました。
私は視点を変えて「はたして、日本人は近代化に耐えられるのか」という話をしたいと思います。
大森さんの言う「近代化」とは、震災復興の例にもあるように「人と異なっていてもひるまずに自分の意見をきちんと表明していくこと」、そして「異なりながらも合意点を探っていけること」なのだと思います。それは確かに必要なことですし、そのようになっていけたらとても素晴らしいと思います。
しかしそのためには、ぶつかりあうことに耐えなければならないし、人と異なることに耐えなければならない。
私が心配なのは、「それに耐えられない人が少なくないのではないか」ということです。耐えられない人が無理に「近代化」しようとすると、「合意点を探らずに自己主張だけする」「人の気持ちなんて考えなくなる」ことになり、まさに上原さんが危惧したような状況になるのではないでしょうか。余裕を失うと、人は自分勝手になります。
日本人は、近代化していくことに、本当に耐えられるのでしょうか。

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