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2013年2月8日金曜日

能動的な忍耐と、受動的な体罰の違い

早川です。
年明け早々引越しでバタバタしていて、書き込みが遅くなってしまってすみません。

さて、体罰の話題ですね。

体罰については、上原さんが投稿された後に柔道女子日本代表の選手が、代表監督の体罰を告発する、ということが起きました。オリンピック代表レベルでも体罰があったのか…と思う一方で、「やはりそうか」と思うところもありました。

この「柔道の体罰」について、スポーツライターの金子達仁さんは、下記のように書いています。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kanekotatsuhito/20130201-00023301/

確かに、「武道」にとって「耐える」ことは重要なことだと思います。武道に限らず、人が生きるうえで「耐えること」「我慢強いこと」は重要ですし、それゆえに日本で子どもたちに武道を習わせたいと思う親も多いのだと思います。

でも、「我慢強くなる」ために体罰が必要とは思えません。体罰など、強制的な力を用いて耐えることができるようになったとしても、それはしょせん「受動的な我慢」であって、「自ら立ち向かう能動的な忍耐力」にはならないでしょう。

大切なのは、「本人が目的を理解して納得しているか」「本人の意思」だと思います。ボクサーが試合前に取り組む減量は非常に過酷ですが、本人が納得して能動的に取り組むところがまったく違うと思います。

精神科で最近よく使われる「認知行動療法」というものも、本人の納得と意思をとても大切にします。医療におけるインフォームドコンセントも同様な意味があると思います。

大人だろうと子どもだろうと、きちんと説明してもらって納得して取り組むかどうかが大切なのだと思います。体罰と言うのは、その辺りを省いてしまった結果起きてしまうのではないかなあ、と思いました。

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