2012年9月25日火曜日
他人を手段としてしまうこと
こんにちは、大森です。
更新が遅くなって申し訳ありません、
夏の終わりに謎のウィルスに侵入されて、激しく体調を崩しております(泣)
さて、いじめの話を発端にして、日本人が見て見ぬふりをするという話になっていますが、私の中では前回書いた通り「見て見ぬ振り」というよりも、「目の前に起こっていることをただ受動的に眺めて自然のなすがまま」というニュアンスがまだ残っています。
これは、見て見ぬふりと言うよりは「無意識に他人を手段としてしまう」というような感じです。
もう少し突っ込んでいうと、自分や集団の目的のために他人は犠牲になっても構わない、そういうことを無意識なまま行動している、という感じです。
そして、責任ある役割の人達ほど、そのような感覚なのではないかと思うのです。
うーんと昔であれば、切腹させられたり、暗殺ということがあったのですが現代はまったくそのようなことが起こり得ないので、自覚することもなく、日常の中に埋没してしまう、そういう感じです。
緊張の糸が緩んでいる、そういうことでしょうか。
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