心の病は、社会の病。

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2012年9月5日水曜日

「見て見ぬ振り」は昔から?

こんばんわ。早川です。
「大津のいじめ事件」をきっかけに、「見て見ぬ振り」問題とどう向き合うか、という議論の流れになっていますね。
私は、大森さんの「たぶんこれは私達の血肉なので、日本人としての歴史が続く限り変わらないかもしれません」という言葉に、ちょっと違和感を感じました。「日本人は本当に昔から"見て見ぬ振り"をして来たのか」。
というのも、私が育った下町は、周囲に対してかなりおせっかいですし、「世話焼き」は昔から結構あったのではないか、と思うのです。「袖振り合うも他生の縁」とか「旅は道連れ世は情け」など、見て見ぬ振りとは縁遠いことわざも、日本には多くありますよね。
私の感覚では、近代化以降、なんか変になってきてしまったのではないか、と思います。
私たちは、それを「日本人なんだ」と信じているところがあるのではないでしょうか。

心理的には、他者のことがよくわからないと不安が高まり、防衛的になります。心理的防衛の一つに「否認」があり、これが「見て見ぬ振り」でしょう。つまり、「近くにいる他者のことをよく知らない」ことが問題なのだと思います。わからないからこそ、こわくて見て見ぬ振りをしてしまう。わかってよく知っていれば、見て見ぬ振りなんてそうはできないものです。
では、近くにいる他者のことをよく知らないままになってしまうのはなぜなのか。
私は、江戸時代の長屋とか茅葺き農家のような"他者との境界線がゆるい"建物の構造と、"境界線が明確になっている"近代建築との違いも大きいのではないか、と思うのですが、いかがでしょうか。

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