心の病は、社会の病。

みんなが幸せに生きていけるように、より良い社会を求めて。

2012年3月18日日曜日

誰に向かって話しているのか、なぜ書くのか

こんにちは、大森です。今年はなかなか暖かくならなくて、春はまだまだ遠い感じですね。

早川先生から「虚構でバーチャルだから」、「相手のことなんて、少しも信じてないから」いきなり自分のことを書いたり話したりしてしまう、とのコメントがありましたが、確かに個人のブログなどは誰に向かって書いているのかわからないものが多く、だから、多くの人はブログ=日記ととらえています。

日記だから、今日の出来事やそれに対する感情や意見を書く、まさに個人的な事柄です。有名著名な人は日記として書いていても多数の読者がいてコメントなどの反響があるのでメディアや意見交換の場になっていますが、多くのブログは砂漠や空に向かって話すような独り言がほとんどです。

ほとんど独り言のようなものでも書くということは、まったく相手を信じていないし期待してもいないのか、それとも無意識にでも誰かが読んでいると思ってしまうのでしょうか。

信じていなくとも、読まれていなくても書き続けるということは、これは「人間は何かを言わなければいられない生き物」なのか、それとも「誰かに理解されたいという生き物」なのか…。

他人との関係がなければ生存できない人間の業のようなものなのでしょうか。

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