松の内はだいぶ過ぎてしまいましたが、新年おめでとうございます。
年始でなにやかやと忙しく、さらにインフルエンザの流行が始まってしまい、バタバタしていてこんなに遅くなってしまいました。
●日本語は普通に使うだけで相手との距離感の取り方が上達する言語のはず
さて、今年最初の書き込みは、「日本人は相手との距離感に厳しかったはずなのに、最近の若者は相手との距離感を取るのが困難になってしまったのか」を考えてみたいと思います。
確かに大森さんの言われる通り、日本語は相手との関係性に厳しい言語だと思います。このブログも、きちんと書くにはなかなかに神経を使います。でも、それが「日本語の使用法」であり、だからこそ日本語をきちんと使っているだけで、自然と相手との距離感の取り方が上達するでしょう。
英語は、「"なまり"から階級を意識したりする」などと言いますが、日本語は相手との関係やその時の関係によって尊敬語になったり、謙譲語になったり、丁寧語になったりします。こういった「関係性のその時々での変化で言葉を変えていかなければいけない」という面では、日本語はとても厳しいと思います。
これはおそらく、日本語が関係性を意識しなければならない環境の中で進化してきたからなのでしょう。つまり、狭い地域の中で、相手との関係性を意識して生きていかなければならなかった――高い生産性がありそのために集約性が必要な稲作文化の国であり、また都市文化が発達していたからかもしれません。
いずれにせよ、日本は普通に住むだけで距離感の取り方がうまくなるはずの国なのに、最近の若者はそれが困難になってきているのはなぜか。
●ベネッセの大規模子ども調査から見えてくる「友だち親子」
私が今の子どもたちを見ていて感じるのは、「親と子の関係の変化」です。Benesse教育研究開発センターが2004年と2009年に、全国の1万人以上の小学生・中学生・高校生(2004年調査:14,841名、2009年調査:13,797名)を対象に「子ども生活実態基本調査」
http://benesse.jp/berd/center/open/report/kodomoseikatu_data/2009/index.html
というものを行いました。
その結果はネット上に公開されていてなかなか興味深いのですが、分析メンバーの一人、目白大学の黒沢幸子教授は、『「友だち親子」の光と陰―危うい「よい子」と「乙Men」現象―』
http://benesse.jp/berd/center/open/report/kodomoseikatu_data/2009/hon0_2.html
というタイトルの文章を寄せられています。
この文章のタイトルをいくつか抜き出してみると、以下のようになります。
・友だち親子、仲よし親子の増加
・「やさしい」親子関係の罠 ~ダブルバインドのコミュニケーション
・「よい子」はつらいよ ~気を遣い合う人間関係
・空気を読んで、承認を求め合う
・ネガティブな気持ちの行き場がない!?
(以下、次回に続く)
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