こんばんわ。早川です。
年の瀬も近づいてきましたが、いかがお過ごしでしょうか。
今回は、「相手との距離感がわからなくなる」ことで「初対面の人に馴れ馴れしくしたり、親しい人にいきなりキレてしまう」ことについて、ですね。
前回、書き込ませていただいてからこの1ヵ月半に起きたことの中で最も印象深い事件は、やはり尖閣問題でしょう。
この問題では様々なことが起きましたが、イデオロギー的なことはさておいて現象を見てみた時に、なんとなく政府が「相手(中国、日本国民)との距離感がわからなくなっている」ように感じられました。実際はどうだったのかは知りませんが、経過だけみていると「中国がどのように反応するのか」「その経過を見ている諸外国はどのように反応するのか」「国民はどのように反応するのか」といったことがよくわからなくなって、それで焦った対応をしてしまっているように見えました。
もちろん、国益が左右される外交において「距離感がわからなくなった」では許されませんが、距離感がわからなくなっているとするとその後の反応がよくわかる気がします。
私の仕事である精神科に来られる方は、他者との距離を保つことが難しい方が多いので、なんとかして距離を保つ技量が求められます。どのように距離を保つのかは、なかなか口では説明が難しいことです。やはり、経験が大事でしょう。距離を保つことが難しい相手との距離感は、やはり経験が必要だと思います。現在の中国は、まさに「距離が測りずらい相手」でしょう。その中国を相手にするには、今の日本の外交を担当する部門が、経験が乏しかったということなのかな、と思いました。
さて、「相手との距離感がわからなくなる」ことで「初対面の人に馴れ馴れしくしたり、親しい人にいきなりキレてしまう」ことも、やはり同様なのではないでしょうか。ツィッターやブログは、これまでの世界の中では、あまり情報発信に長けていない――つまり、「距離を測る経験に乏しい」人々に、情報発信の機会をもたらしました。そのこと自体は素晴らしいことでしょう。しかし、経験が乏しければ、距離がわからなくなるのは当然でしょう。その結果として、「初対面の人に馴れ馴れしくしたり、親しい人にいきなりキレてしまう」ことが生じてしまうのではないでしょうか。
ここで言えることは2点あります。
1、やはり、「初対面の人に馴れ馴れしくしたり、親しい人にいきなりキレてしまう」ままでは、人々の信頼を得ることはかなわず、結局これまでの強者が信頼を得続けることになる。
2、しかし、「初対面の人に馴れ馴れしくしたり、親しい人にいきなりキレてしまう」失敗を糧として経験を積んでいければ、関係性も変わっていく。古臭くて説教くさいようですが、「若いうちの苦労は買ってでもしろ」ということになるのかもしれません。
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