心の病は、社会の病。

みんなが幸せに生きていけるように、より良い社会を求めて。

2010年9月5日日曜日

上原さんの投稿を読んで

こんにちは。早川です。上原さんの投稿でのご指摘、その通りですね。

私が臨床の場で話していて感じることは、なぜなのかはよくわからないのですが、どうも「日本の母親は、男の子に甘くて、女の子に冷たい」という傾向が強いようです。その結果として、男の子の一部が甘えが強くなってしまい、中にはその甘えを克服できず、依存的になったりひきこもったりしてしまうように感じています。もちろん女の子の中にも母からの甘えを一身に受けているケースもあります。「一卵性親子」と言われて、しかもそう言われて喜んでしまうような人もいますよね。

最近の未成年の性の問題について話していると、「避妊をしたがらない男子」という話がよく出てきます。未成年どころか、結婚しても「養育費」という自己責任を果たさない男子がいるわけですから、未成年の男子の未熟さも当然なのかもしれません。そのような状況の中で、今のところ私が医師としてしていることは、女の子たちに対して「男なんてバカなんだから、賢くならなきゃいけないよ」と教えていることくらいでしょうか。

ただ、その結果として未婚女性が増えたり結婚の高齢化につながったりするのでしょうが、不幸な結婚や妊娠が増えるくらいならば、少子化がどんどん進んだって構わない、と思ってしまうのは、よくないことでしょうか?少子化の解決策は、結局のところ「男も女も、人間として成熟するための仕組みづくり」だと思っています。

ツィッターの話を初めとしたネットの話は、どうも「コミュニケーション強者と弱者」によって違うような気がしています。すでに“持てる者”がツィッターを手にした場合と、“持たざる者”が手にした場合とでは、違うのではないか、と。他にコミュニケーション手段のないものが手にした場合でも、本当に上手に使えるのでしょうか。

「可能性がある」ということは、「危険性がある」ことの裏腹でしょう。これまでの多くの議論は、すでにいろいろと持っている人たちが、おもちゃをもてあそぶように面白がっているように聞こえてなりません。「力のない者たちにとって、そのツールはどんな意味があるのか」という観点で考えていかないと、社会全体としてはいけないのではないか、と思っています。

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