ごぶさたしてます。上原です。
梅雨が明けたと思ったら、連日猛暑が続いていますが、みなさんお元気でいらっしゃいますか?
さて、私が電話について個人的に感じていたことから「電話というコミュニケーションツール」についての話が続いてまいりました。前回の早川先生の「電話というメディアの持つメッセージ」の中で、大事なポイントは言い当てていただいたような気がします。
そもそも人間は自分たちが便利に快適に使いこなすつもりで電話というツールを開発し、使い続けてきたはずなのに、実は、電話というツールの特性に影響されて、人間の方こそが変化してしまった部分がある……。そういうことは、電話に限らず、文明が発達する過程で、さまざまな機器によって起きてきたことだと思います。テレビができて目が悪くなったとか、車や電車に乗るようにのって足腰が弱ったとか、そういう身体的な影響を及ぼした機器もあるでしょうし、パソコンやインターネットなどは、人間の精神にもっと精神的な影響を及ぼしているはずです。特に、人と人をつなげる役割を果たす機器やサービスからは、自分たちが感じている以上に、さまざまな心理的影響を受けているに違いありません。現代におけるその代表格が、電話や携帯電話、メールなどでしょう。
それから、前回の早川先生のご投稿でとても気になったのは、『「わかってもらおうとする」「わかろうとする」力の退化』、というくだりです。人間はなまけものだし、元来自己本位ですから、「わかろうとする力」が弱まっているというのは、自分でも感じていたところでした。でも、「わかってもらおうとする力」さえも退化してきているというご指摘には、はっとさせられました。確かに、わかってもらおうという力と気持ちがない限り、他人とのコミュニケーションはうまくいきませんよね。
「わかってもらおうという力」が退化しているというのは、いったいどういうことでしょうか。「どうせ自分のことは人にわかってもらえない」「人は人、自分は自分」といった、諦め・投げやりな気分が大きくなってきているのでしょうか。まあ、「自分のことをわかってくれるはず」「みんな同じ意見になれるはず」という気持ちが大きくなり過ぎるのも、これはこれで考えものですし、ようはバランス感覚でしょう。改めて言うまでもないことですが、人と人のかかわりあいというのは、本当に難しいものですね。
さて、7月24日のサンケイ新聞に、「日本のひきこもりは推定70万人」(15~39歳に調査)という記事が出ていました。内閣府の調べによれば、ひきこもりになったきっかけのトップが、「職場になじめなかったから」と「統合失調症以外の精神疾患」でした。続いて「就職活動がうまくいかなかったから」が続きます。病気のことは別に考えるとして、ひきこもり経験者の多くは、社会に出ようとしてうまくいかなかった、ということですね。
また、ひきもりの人のうち7割以上の人が、「家族に申し訳ないと思っている」という結果には、なんだか切なくなります。さらに、半数以上の人々は、「集団の中にとけ込めない」「他人がどう思っているか不安」と感じているそうです。
この結果を受け、調査の座長で明星大学大学院教授の高塚氏は「今の社会は言語コミュニケーション能力の高さが重視されており、そこができない人は流れから外れ、ひきこもる傾向がある」と指摘し、「人の気持ちには言葉にできないものもある。子供たちへの教育も含め、気持ちをうまく表現できない人を受け入れる社会を作る必要があるのではないか」と話しています。
それはまったくその通りだと思うのですが、「気持ちをうまく表現できない人を受け入れる社会」というのは、どういう社会になるのか。私はなんだか、イメージできそうで、どうもできません。イメージできないこと自体、もう問題なのかもしれません。そして、そうした理想的な社会を作るためには、私たちは何から始めればいいのでしょう。もっと考えていく必要があるなと、実感しています。
2010年7月24日土曜日
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早川です。
返信削除上原さんの書き込みで、また面白い展開をしていきそうで楽しみです。
「わかってもらおうとする力の退化」は、ひきこもりの人たちの多くに見られる現象です。このような時代の中で自信を失くしていき、「どうせ私なんか…」となってすねていくわけです。逆に、自己愛が強くて自分を過信している人たちが幅を利かせていっていると思います。
それでは、大森さんの書き込みを待ちます。