こんにちは、上原です。
ここのところ、日本人のコミュニケーションについての議論が続いていますね。早川先生は現代の日本人の傾向として、「他者の気持ちに鈍感で、自分の考えを他者にうまく伝えない。容易に伝わる均質な相手と飲みコミュニケーションを取り、異質な相手とのコミュニケーションを避ける」と書かれていました。何度も言ってきた通り、確かに日本人はコミュニケーションが苦手な人が多いですよね。
私が思うに、日本人は、みんなと仲良く(仲良さそうに)する方向のコミュニケーションはけっこう得意のような気がします。自分も含め特にダメだなと感じるのは、「戦うコミュニケーション」です。戦うといっても、別に相手を打ち負かすことばかりが目的という意味ではなく、自分と違う意見の人に自分の意見を主張したり、自分と違う意見に冷静に耳を傾けたりするコミュニケーションのことです。
さて。
よく知らない人とのコミュニケーションは、相手の意見がほとんど予測できないわけですから、ある意味「戦うコミュニケーション」と言えると思います。私自身、この「よく知らない人とのコミュニケーション」が決して得意ではありません。特に、知らない人に電話するのはすごく勇気がいります。近年はメールという便利なものができたので、できれば最初の連絡はメール、もしくはファックスか郵便にしたいというのが本音です。ところが、知らない人でも、いざ直接本人に会ってみると、それほど苦労することなく、たいがいの場合は、良好なコミュニケーションがとれます。つまり、とにかく電話が一番やりづらいのです。なぜでしょうか。
というわけで、今日は「電話というツールの特性」について、書いてみたいと思います。
現代のコミュニケーション手段といえば、距離感から考えて、基本的に「直接会う>電話>メールやブログ等>郵便」という順序になるかと思います。で、まずは文字だけのコミュニケーションツールであるメールやブログについてですが、こうしたツールで最近よく耳にするのが、お互い特に悪気もないのに、何度かやりとりするうちに、ひどいケンカになってしまったという話です。これについて専門家の意見に耳を傾けると、「情報量の少なさ」が原因だとか。つまり、直接あって話しているのであれば、言葉のニュアンスや表情などを感じ取ることができるので、文字ベースに比べて互いに誤解が生じにくい、というわけです。
そう考えると、メールなどよりも、本人の声が聞こえ、すぐにレスポンスが可能な電話の方が、より情報量が多くて誤解の少ないコミュニケーション手段であるように思えます。まあ、親しい関係であれば、確かに一理あるでしょう。
ですが、おそらくみなさんも感じたことがあるのではないかと思いますが、シチュエーションや相手との関係性次第では、必ずしも電話の方がメールや郵便よりも使いやすいコミュニケーションツールであるとは言えない、私はそう感じています。その理由を私なりに考えてみたのですが、「電話は、情報量という意味においてものすごく中途半端なツールだから」ではないか、と思うのです。
よく知っている人なら電話で話すだけで、機嫌の善し悪しとか、忙しいかどうかとか、いろいろ読み取れます。でも、知らない人の場合は、電話で話してみたところで、普通はそういう情報までなかなか読み取れません。にもかかわらず、微妙な声の調子や言葉遣いだけが、中途半端に伝わってきてしまう。そのため、わかりもしないのに相手の機嫌をあれこれ憶測して、勝手にハラハラしてしまうのではないか。
これに比べ、よく知らない人とのメールだけのやりとりの場合、何せ情報量が少ないですから、相手の機嫌に関する情報はほとんど伝わってきません。こちらの用件に対する必要最低限の情報が並んでいるだけ、という場合が多いです。ですから、内容にもよりますが、こと、ほとんど知らない人との仕事上のやりとりなどの場合は、むしろ余分な情報がまったく伝わってこないメールの方が、電話よりもずっとスッキリしていて、余計な心配に気をもまなくて済む……。
また、いっそのこと直接会ってしまえば、相手が目の前にいるわけですから、表情や声の調子などぐっと情報量が増えるため、これはこれで、手探りでありながらも、それほど不安にならずにすみます。
まあ、これは人によって違うのかもしれません。ただ、こうしたことは、日本人のコミュニケーションについて掘り下げていく際の一つのカギとなるような気がしたので、ちょっと書かせていただきました。世界中、こんなにメールをよく使うのは日本人ぐらいだと聞いたこともあります。みなさんはどうお感じになりますか?
2010年6月10日木曜日
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