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2010年6月2日水曜日

社会全体のコミュニケーション不全としての「普天間問題」

こんばんは。早川です。
なかなかコメントが書き込めず、すみません。

さて、大森さんと上原さんの間で「若手とベテランのコミュニケーション不全」がテーマになっていますね。それについて私が思うのは、前回の私のコメントにも書いたように、「これは最近の若者の問題というよりも、社会全体の傾向なのではないかと思います」ということです。

他者の気持ちに鈍感で、自分の考えを他者にうまく伝えない。容易に伝わる均質な相手と飲みコミュニケーションを取り、異質な相手とのコミュニケーションを避ける。そして、自分さえよければいい――最近、そのことを強く感じたのは、例の「普天間問題」です。

「普天間問題」では、鳩山総理の発言が一貫して“問題”とされてきました。確かに、それ自体は大きな問題でしょう。いくら人が良いからといって、うかつな口約束や宣言をしてしまうのは、どう考えてもほめられたことではないです。それが辞職に値するかどうかはよくわかりませんが、総理としては配慮に欠ける軽い発言だと思います。

しかし、普天間問題の一番の要所は、総理の発言なのでしょうか?私には、「アメリカとの関係、防衛の問題が、議論されずに来ていること」と、そしてなによりも「沖縄の人たちの気持ちが軽く扱われていること」にあると思います。

普天間問題の経緯の中で、鳩山総理は5/4に「昨年の衆院選当時は、海兵隊が抑止力として沖縄に存在しなければならないとは思っていなかった。学べば学ぶほど(海兵隊の各部隊が)連携し抑止力を維持していることが分かった」
と述べました。私はこの時、(いったい、何に対するどのような抑止力なのか、説明してほしいな)と感じました。

一体、どのような脅威があり、それに対して海兵隊がどのような抑止力なるのでしょうか。鳩山総理は勉強してどのようなことがわかったのでしょうか。私はそのことが知りたいし、鳩山総理にはそのことをわかりやすく説明してほしかったと思っています。。
「いや、そんなことは当たり前じゃないか。お前はそんなことも知らないのか」と言われる方もおられるかもしれません。それに対しては、無知ですみませんと言うしかないのかもしれません。

ただ、私が違和感を抱いてしまうのは、本来国防の話をするときに一番大切なはずのことが、ほとんど議論にすら上らない――ということです。そのことは、それほど「当たり前」のことなのでしょうか。議論しなくてよいことなのでしょうか。もしくは、アメリカの追従をしていけばよいものなのでしょうか。

やはり、異質なものを敬遠せずに、自分たちの考えをまとめていかなければいけないことだと思うのです。少なくとも、鳩山総理の言葉の揺れよりは、私たちが自分の考えをしっかり持っていないことの方がまずいことのように思えてならないのです。

そうでなければ、結局のところ鳩山総理に対してもゴシップ的な形でしかバッシングができなくなってしまう――そのことがますます日本人の価値を落としめているように思えます。


●「他者の気持ち」への鈍感さは総理だけなのか?
もう1つ。今回のことをめぐって、沖縄や徳之島の方々に対してデリカシーに欠ける行動が数多く見られました。私は沖縄県民ではないので本当の意味で気持ちがわかるわけではないですが、普天間をめぐる議論を見ていて「これってちょっとないよなー」と思いました。

もちろん、徳之島への移転話の持って行き方とかも非常に配慮に欠けるやり方だったとは思いましたが、私が強く違和感を感じたのは、総理の「少なくとも県外」発言が空手形に終わった時の世論です。世論は「できない約束をした総理が悪い」というものだったように思います。それは確かにその通りで、先にも述べたように首相の発言としては軽すぎるでしょう。

しかしそれよりも、基地を沖縄に集中させて、沖縄に大きな負担を強いていることは、「当たり前」なのでしょうか?5/27に沖縄県の負担軽減を訴えるために鳩山総理が全国知事会を開催しましたが、これに対して18府県の知事が欠席し、残りの知事もほとんどが否定的で前向きな発言をしたのは大阪府の橋下知事のみでした。

確かに、実際問題として基地の受け入れは簡単なことではない。「応分の負担」というのは理念としてはわかっても、実際は難しい。そんなことは百も承知です。ただ、沖縄に大きな負担を強いているということに対しても、私たちは鈍感であってはいけないと思うのです。結論なんて簡単に出ない。だから、答えとしては「沖縄だけに大きな負担を強いていることは、本当に心苦しいことだと強く思っています。しかし、難しいですね…」と答えに窮してしまうのが、現時点では正しいあり方かなと思います。

むしろ腹立たしいのは、それほど大切なことを何十年もの間ふたをして見て見ぬふりをしてきてしまったこと。簡単に結論が出ない問題がこの世の中にあるのはやむを得ないことです。しかし、それほど難しい問題を放置したままにしてきたことは、大きな問題です。そしてそれは、今の内閣の問題ではなく、これまでの戦後日本の在り方の問題でしょう。この辺りの「他者の気持ち」への鈍感さは、決して若者だけではなく、現代日本の抱える問題だと思います。

普天間問題がどうあるべきなのかは、専門家ではない私にはよくわかりません。私は、この問題に対する日本人の接し方、触れ方に、現代日本人が陥ってしまった心の問題を感じました。

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