●「社会」の中で大人の背中を見て育つもの
ここで上原さんの質問への私の答えになるのですが(前置きが長くてすみません)、「そうしたトレーニングをどこで積むか」ですが、私の答えは「社会」です。「異質な考えを持つ人に対して自分の考えを上手に説明する訓練」は、家庭だけでも学校だけでもなく、社会全体で取り組むべきことだと思います。もちろん、家庭でも学校でもできることはあるでしょう。でもそれ以上に社会全体にそのような機運が出てくれば―――例えば、多くの大人たちが自分の考えをきちんと自分の言葉で述べる姿を子どもたちに見せていき、外国人相手でもきちんと向き合えるようになっていったならば。家庭や学校で「コミュニケーション訓練のいろは」はできるでしょう。
しかし、それを実際の力にしていくには、社会の中で武者修行を積んでいくしかないと思います。そのためには、大人たちがまずきちんと自分の考えを表現できるようになっていくことが重要だと思います。おそらく、海外の若者がきちんと自分の考えを表現できるのは、単に学校教育の問題ではなく、このような社会風土の影響が大きいのではないでしょうか。今の若者が「異質な考えを持つ人に対して自分の考えを上手に説明する訓練」をする必要に一番迫られるのは、おそらく就職活動です。会社に入るためには自分の考えを持たなければ―――ということで付け焼刃で「自分の考え」を持とうとするわけですが、たいていは付け焼刃のままになってしまいます。そして、「最近の若者は…」という話になりがちですが、これは最近の若者の問題というよりも、社会全体の傾向なのではないかと思います。
ただ、繰り返しますが「そういう社会はよくない」と言っているわけではないんです。子どもたちに対して言っていることと、自分たちの行動が一致していなければ、それは空理空論ですよ、と言いたいだけです。
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