こんにちは。上原です。
ちょっとここで、これまでの論議の流れを簡単にまとめてみたいと思います。スタートは、「親が子供の精神状態に与える影響の大きさ」でした。そこで出てきた答えは、「親たちが心にゆとりをなくしていることが、子供の精神状態に大きな影響を与えている」ということでした。
そこから導き出された問題点が「いま、親たちが心にゆとりをなくしているのはなぜなのか? 打開策はないのか?」ということ。
そうした流れの中で、私が特に気になったのは、早川先生の次のお言葉です。
「ひとまず食べていくことへの不安がないとすると、ゆとりを持って子どもと接することは十分可能です。むしろ、必死に働いて他に雑念が生じない方がいいこともありうる」
いまの世の中は、刺激が多いし、生き方も多様化したし、情報もすごい勢いで押し寄せてきます。だから大人たちはみな「雑念だらけ」になっているのではないでしょうか。逆に言えば「雑念を抱くだけの余裕はある」とでも言うのでしょうか。あるいは「雑念を抱くだけの余裕があると錯覚させられる時代」ということなのかもしれません。
そうなると「人々の心にゆとりがなくなったのは、経済的な意味で日本が豊かになったから。必死に働かないと生きていけないほど貧しくなればいい」という、つまらない結論に陥ってしまいそうです。
しかしそれでは意味がありません。後戻りはできませんから。そうではなく、あくまでもこうした進歩を受け入れた上で、人々が心にゆとりを持って生きていける方法を考える必要があります。私はそのための打開策の一つは「人々が膨大な情報量との上手なつき合い方を身につける」ということではないかと感じています。これって、今の世の中で、まだあまりちゃんと解決されないままにきている大問題のような気がします。むしろ世の中的には、「情報をより多く集めろ」とか「新しい情報に敏感でいろ」とか「どんどん新しい経験をしろ」「常に新しい刺激を求めよ」とか、そんな風に言われてしまうことの方が多い。そうした意見も全否定はできませんが、ただ闇雲に情報や刺激をたくさん取り入れていくのは、非常に危険なことのような気がしてなりません。インターネットや携帯電話、テレビゲームが人の脳にどんな影響を与えるのか、そして人々はそれらとどうつきあっていけばいいのか、子供はもちろんのこと大人だってまだぜんぜんわかっちゃいません。
また、別の視点から考えれば、大森さんがふれられている「コミュニケーション能力を磨く」ということも、非常に大事な打開策のひとつに違いありません。
というところで、いかがでしょうか。早川先生。
2010年3月17日水曜日
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