心の病は、社会の病。

みんなが幸せに生きていけるように、より良い社会を求めて。

2010年3月17日水曜日

日本人の「自然と集団を緊密化させる傾向」がメールの頻用を生む

●治療の過程で垣間見えた「現代社会の闇」

あけましておめでとうございます。早川です。

年末年始とバタバタとしていてなかなか書き込みができず、間隔が開いてしまってすみませんでした。大森さんの方から、ブログの方向性についてコメントされていましたが、私も同感です。私たちは現代の豊かな社会から多大な恩恵を受けているわけですが、光が強ければ当然闇も深くなります。そしてその深い闇の中で、"日常"の範ちゅうからはみ出したものの一部が、医療への受診に至ります。医療ではとにかく治さなければなりませんから、受診された方について詳細に検討するわけですが、その過程で背景にある「深い闇」にも触れることになります。私は、治療の過程で図らずも見ることになったこの「現代社会の持つ深い闇」について皆様に伝えていけたらと思っています。

さあ、気持ちも新たにコミュニケーションについて考えていきましょう。

●「ケータイ」を用いた欲望との付き合い方の学習について

上原さんが最初に示されたテーマは「ケータイの功罪」についてです。先日も「日本人の携帯利用についてアンケートしたところ、50%以上の人が「メール」と答えた」というニュースをやっていました。私自身はメールはもっぱらパソコンで、携帯は通話やネット利用が多いですが、周囲を見渡してもメール利用が中心と言うのは納得できるところです。

ケータイについて、児童精神科臨床で問題になることがあるかと言えば、それはあります。具体的には、親御さんから「子どもが夜中もケータイをしていて昼夜逆転をしてしまっている」とか「ケータイでアダルトサイトにアクセスしている」といった相談を受けたりします。ただ、最近では携帯会社が「子どもの携帯利用」についていろいろと対策をしているので、相談を受けることは減ったように感じています。

相談されるとどのように答えるかと言うと、「枠組み=ルール作り」ということを話します。このような状態で来られた親御さんは、得てして「ケータイがあるからいけないんだ!取り上げる!」という趣旨の話をされるのですが、私はいつも「ケータイは子どもとルールについて話し合うよいチャンス」と話しています。落ち着いた状態で話せば、子どもも夜中までケータイをしていけないことや、非合法的なサイトにアクセスしてはいけないことは同意できます。冷静な時は同意できてもやりたい気持ちが我慢できなくなるのが人間の人間たるゆえんなわけですが、子どもたちは大人になる過程でそういった自分の中にある欲望のようなものとの付き合い方を学んでいくわけです。これは、大人の世界で惑わされずに生きる上で、とても大切な能力になります。親御さんには「ぜひ、お子さんが大人になる手伝いをしてあげてください。そのために、ケータイ使用のルールを一緒に作って、安全に使えていれば認める、安全に使えていなければ一時停止、といったことをしていきましょう」などと話していました。

実は、ケータイを問題視される親御さんは多いのですが、多くの場合はケータイは氷山の一角で、それ以外の点でも親子の間のルールが崩壊している場合が多いのです。つまり、背景にあるのはルールの崩壊で、ケータイはそのスケープゴートにされていることが多いように感じました。私が行ったのは、むしろケータイという魅力的なツールをうまく使うことで、根本の「ルールの崩壊」を回復させよう、という試みでした。

この続きは、また近いうちに。

0 件のコメント:

コメントを投稿