昨日に続いて大森です。
昨日の投稿に上原さんからコメントで、「日本の階級社会」とは、この場合どのようなことを指してますか?という質問をいただきましたので回答します。
統計を取っているわけではないので正確ではありませんが、小生がメディアやネットなどを通じて入ってくる情報から感じられる、「日本の階級社会」化とは下記のようなものです。
●年収が平均を大きく下回る層が増えている
●雇用形態が正規社員とそれ以外で生活環境や条件が大きく異なる
小生も含めてですが年収や労働環境を省みるに、自分は中流だろうと思っていたら、実は下流の上か中であるという現実です。
これはもう、自分の意識を変えなければならない状況です。
実は気がつかない間に社会環境は階級化が現実のものとして進んでいたということですね。
問題は、
●派遣法にしろ後期高齢者医療制度にしろ、官僚が作った法案をわれわれが選んだ政治家が解釈理解できないこと
●我々が自分の所属する階級に合った制度や法律を作るための仕組みが無いこと
だと思います。
秋葉原事件の犯人の生活環境などというものは、日本の制度を立案するエリート上流階級にはもう理解の範疇を超えて情報すら入ってこないのでしょう。残念なのは、派遣法を推進したのは労働組合の連合だそうです。
下層階級の人たちの意見を反映して制度を作るためには、
●下層階級の制度を法案立案できる組織の設置
●二世議員の削減と下層階級からの代表者を議会に送ること
●税金の支払先を数%でよいので自ら望む団体に支払えること
●職人や技術官僚の役割と報酬を上げること
などが必要だと思われます。
もうひとつ大切なのは「日本の個人主義」です。
イギリスでは階級の流動性が無いので、労働者階級の子息たちは将来の進路が決められているということで諦めてしまう子供たちも多いそうです。
日本人には自分の気づきがあれば勉強するという勤勉さも未だ残っていると思います(残っていると信じたい)。
よって、働いている途中で奨学金や親元制度のようなもので学習して中や上を目指すことも出来るという階級の流動性を確保することだと思います。
つまり、勉強したい人は個人でどんどん勉強していろんな場所を探していける仕組み。
また精神的な部分の「日本の個人主義」を表現すると、西欧人のような神ではなく、個別具体的な他者との対人関係を通じた自立(自律)を実現し社会をつくるということだと思います。それはもう少し他人に対して「余計なお世話」をすることなのではないか、とも思っています。
2010年3月16日火曜日
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