こんばんわ。早川です。
先週いっぱい、学会の発表に追われたりしていてご返事がなかなかできずすみません。待ちくたびれて大森さんは2回投稿されたようですね(^_^;)
たくさんのコメントがあるので一つ一つに答えているとまた長くなってしまうので、手短にコメントさせていただきます。
上原さんの「情報過多」「スピードアップ」「他人とのコミュニケーションの形の変化」は、とても共感します。ただ注意しなければいけないのは、この3つこそ、この20年間に私たちの社会が求めたはずのこと、ということです。
つまり「情報化社会」「交通・流通の発達」「マルチメディア」といったことは、バラ色の未来を保証するものとして語られてきたはずです。しかし、実際にそれらがもたらしたものはいったいなんだったのか。これはきちんと検証しなければいけない(すでにどこかでされているのかもしれませんが)のでしょうが、私の力量を超えていますね。
私の立場からは一つだけ象徴的なお話だけさせていただきます。「情報過多」「スピードアップ」「他人とのコミュニケーションの形の変化」ときて私がまず連想したのは「うつ病」です。大人の不適応、ということで、ひょっとすると上原さんもうつ病を想定されたのかもしれませんが、実際うつ病は「休めない病気」です。そしてその治療は「とにかく休むこと」になります。昨今、職場のうつの急増はよく言われることですが、そのことと「情報過多」「スピードアップ」「他人とのコミュニケーションの形の変化」が無関係である、というのは難しいことでしょう。
次に大森さんのコメントですが、これは2つあるのでそれぞれ書きます。
まず1つ目ですが、この問題は本当に真剣に考えなければならないでしょう。まず真っ先に頭に浮かぶことはニート・ひきこもりの問題です。彼らの中の決して少なくない人たちは「社会に出ても素晴らしく活躍できないんだったら、社会に出たってしょうがない」と思っているようです。でも、この考え方を誰が笑えるでしょうか。また、それに対して「社会への責任感」「労働の義務」という言葉でしか迫れないとしたら、なんと薄っぺらい社会でしょうか。以前読んだ雑誌でアメリカのジャーナリストが「マイケル・ジョーダンの出現で、黒人の若者が皆スポーツばかり目指すようになった。高校生の挙げた“尊敬する人”の第1位は長い間父親だったのに、ジョーダンになってしまった。一部の人しか成功できない職業が目標となっていることは、アメリカ社会にとって大変危惧することだ」といったことが書かれていました。一か八かを目指すしかない社会の中で若者が希望を失っていき、その結果としてニートやひきこもり、生活保護者、そして自殺者が増えるのは、残念ながら必然的なのかもしれません。以前ある大学の先生が、女子生徒に「自分の将来ビジョン」を書かせたら、一生の中で2回宝くじに当たることになっていた、と笑っていましたが、今の若者は、2回宝くじに当たらないと実現しないような夢を描いているわけです。それがどれほど危険なことか。想像してみてください。
2つ目のことはなかなかコメントしにくい話ですが、「階層社会化」ということは心情として理解できます。ただそれが本当に階層社会なのかどうかは私にはよくわかりません。私がむしろ気になるのは、この国の元気のなさですね。「なにクソ!」「このやろー!」という怒りよりも「どうせなにを言っても無駄だよ」というあきらめ、無力感が強く漂っている気がするのは私だけでしょうか。昔をかえりみると、もっともっといろいろみんなが意見を言って元気だった時代もあります。そしてこの変化は、やはり上原さんの言う「情報過多」「スピードアップ」「他人とのコミュニケーションの形の変化」が関係している、と考えるとしっくりきます。つまり、疲れているから元気がない。うつっぽい。そして一か八かを目指さないとならなくなる。ちょっと大雑把ですが、そう思えるのですがいかが思われますか?
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