心の病は、社会の病。

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2010年3月16日火曜日

子供も大人も疲れる環境の変化

上原です。
5月26日の早川先生のご投稿「いまの子どもたちの悩み」を読み、続いて大森さんの質問と先生からのそのお答えも読ませていただきました。そこで、児童精神科にかかるお子さんが増えているのは「“環境の中の不適応”を起こしているお子さんが多いのではないか」という先生のご説明がありました。今回はこれをうけて、とりあえず、私が感じたことをそのまま書かせていただきたいと思います。

「昨今の環境の変化」のうち、私が特に気になっているのは、「情報過多」「スピードアップ」そして「他人とのコミュニケーションの形の変化」、この3つです。この3つに翻弄されているのは、何も子供だけではなく、大人もそうだと思います。実際、私自身、この3つについていけていないなあと、不安な気持ちになることは少なくありません。

まず「情報過多」ですが、今の時代、何をするにも情報が多すぎてとても疲れます。以前はそう簡単に情報が手に入るわけではなかったので、とりあえずの情報だけを得て(図書館に行くとか、よく知っている人に聞くとか)物事を判断していました。それがいまでは、特にネットの力が大きいと思いますが、その気になれば、世界中から様々な情報をいくらでも仕入れることが可能です。情報が簡単に得られるのにそれを「やらない」というのも、勇気がいる「判断」の一つであり、これはこれでストレスになります。それでたいがい、何をするにも、いちいち情報をいっぱい集めることになります。そして集まった情報も当然バラエティーに富んでいますから、それをいちいち比較検討しなければならないので、そうとう疲れます。加えて、本人がぼーっとしていても自然にどんどん情報が入ってきてしまうような時代ですから、その情報に煽られて、ついつい「自分は本当にこれで良いのだろうか。何か間違っていないだろうか」と不安になったり考えさせられたりする機会も増えました。情報がたくさん簡単に手に入るというのは、確かに便利でもあるのですが、同時に、精神的に大きな負担になっていると思うのです。

「スピードアップ」については、特に説明は不要だと思います。何をやるにもスピードと効率を求められる時代。何でも型通りに素早くできることが良しとされ、独自の方法でのんびりやろうとすると、眉をひそめられます。それは資本主義にもとづいた大人の社会ではある程度仕方がないことかもしれませんが、子供の世界にも「効率」が常に持ち込まれ、それを当然のスタンダードと考える教育が行われているとしたら…。精神的に苦しくなる子供がいるのも当たり前だと思います。

「コミュニケーションの形の変化」についてですが、これは改めて言うまでもなくケータイやメールによるコミュニケーションが増えたということで、直接会ったり、話たりするコミュニケーションが苦手な人がどんどん増えているということです。こういう機械が人と人の間に介在することによって、人間関係や個々の精神が多大な影響を受けるというのは、当然のこと。でもその影響がどんなものであり、どうとらえ、どう乗り越えていくべきかは、子供どころか、大人たちもまだ見当がついていないのが実情です。ここについては、もうちょっとゆっくり書いてみたいので、また改めたいと思います。

中途半端ですが、今回はこのへんで。

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