こんばんわ。早川です。
また書き込みが遅くなってしまいすみません。年度末はなにかと忙しくて…。
さて、携帯と子どもたちのコミュニケーションの話でしたね。
●信じらないからこそ緊密に連絡を取る
前回私が提示した論文は偶然見つけたものなのですが、なかなか面白いと思って引用しました。私もこのような社会科学的な研究をきちんと解釈はできないのですが、あの図と考察が印象的でした。あの図は視覚的にわかりやすいですよね(笑い)。そして、私の「若者と携帯」のイメージとも重なりました。
さて、この研究の考察で注目すべきは上原さんも言われているように下記のことでしょう。
(1)「通話の社会ネットワークよりも,メールの社会ネットワークのほうが明らかにネットワーク構造の密度が高かった」
(2)「通話よりもメールのほうが集団の結合をより強固にしていた」
「推移性」という言葉は社会ネットワーク分析の言葉で難しいのでさておくとして、上の言葉をどう理解するかだと思います。(1)は、あの図を見て視覚的にわかります。そして(2)も視覚的に「あれだけ密なコミュニケーションの網があるのだから、緊密である」と単純に解釈していいんだと思います。
問題は、この「緊密」の意味ですよね。まずは、緊密について辞書で調べてみました。「物と物とがすきまなくくっつくこと。物事の関係が密接なこと。」(大辞泉) 緊密という言葉を私たちはどんな時に使うでしょうか? 「緊密に連絡を取る時」って、あまり落ち着いた時ではないような気がします。例えば、仕事で何か問題が起きた時とか、緊迫した情勢の時とか。先日、サッカー日本代表がテロの不安がある中でイエメンで試合をした時なんかは、「緊密な連絡」を取りあったのではないでしょうか。
そう、ここに「信頼関係」ってあまり感じられないんです。
むしろ、「信じらないから、緊密に連絡を取る」ように思います。緊密に連絡を取っているから親しいなんてことは全くなくて、むしろ緊密に連絡を取るのは相手に対して不安感が強い証拠のように思います。
というわけで、続きは、また近いうちに。
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