こんにちは。間もなくゴールデンウィークですが、連休中は仕事になってしまい、少々心にゆとりをなくしている上原です……。
さて。早川先生からのご質問、「親が心にゆとりをなくしてしまっているのはなぜか」について。先生が「子供の意志よりも自分の希望を尊重したいと思う親の気持ちと、虐待をする親の気持ちは、かけ離れているようでそう遠くないように思います」とおっしゃっていましたね。確かにそうだと思います。自分の希望を尊重してあれこれ子供に手を出す過保護な親がいますが、あれも一種の虐待ですよね。
まず思ったのは、本当のところ、昔はどうだったんだろうか、ということです。感覚的に、昔の親たちははもっとしっかり子育てをしていたと思いがちですが、果たして本当にそうだったかどうか。また、たとえば50年前の大人たちは、いまと比べて心にゆとりがあったのかどうか。さらに言えば明治時代や、江戸時代はどうだったのか。それぞれの時代の子育てを同一人物が経験することはできないので、基本的には比較のしようもないのですが、たとえば虐待などは、昔から一定の割合で起きていて、近年になってようやく顕在化したということはないのか、と、ちらりと思いました。
また、昔は貧しくて食べるのが大変でしたから、仮に親が子供たちを手元においておきたいと思っても、そんな余裕は普通なかったでしょう。それに、子育てがいやになったり、できなくなったりしたら、子供を手放す人も多かった。捨て子だっていまよりずっと多かったでしょうし、養子縁組、里子、奉公に出すなど、現代よりも、親と子は切り離れやすかったような気もするのです。
すみません、ちょっと話の方向がずれてしまいました。
話を戻し、虐待が増えているのが確かだとして、そして昔に比べて親たちの心にゆとりがなくなっているのも確かだとしたら、その理由は何か?
大森さんが書かれていた「刺激が多すぎる」というお話は、とても興味深いです。私もそれは大きな原因の一つだと思います。今の世の中、刺激も情報も多い、人生も生き方も多様化して、何もかもが複雑になる一方。それが文明というものなのかもしれませんが、それで人々が不幸になって精神病が増えていくのであれば、いったいぜんたい、人間はどうすればいいのでしょう。
話はぜんぜんまとまっていないし、早川先生の問いに対する答えも出ていませんが、とりあえず、今日はこのへんで……
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