心の病は、社会の病。

みんなが幸せに生きていけるように、より良い社会を求めて。

2010年3月17日水曜日

子供は誰のものか?

大森です。投稿に間が開いてしまって恐縮です。
海外出張や年度末関連の仕事が重なっててんやわんやでした。
年度末の忙しさに比べて、4月以降の予定を見るとちょっと空恐ろしい感じです。
どの業界も4月以降はもっと厳しい状況になると思われます。

実はこの不況が家族を再結束させるためのきっかけになればいいなぁ、などと個人的に考えるのですが、現実には経済的な崩壊と同時に壊れていく家族も多いのでしょう。

このブログでも以前から主張してきたのですが、経済的な基準や価値判断だけで生きていると家族は維持できないと思います。

さて、早川先生の厳しくも難しいご質問「子どもは誰のものなのでしょうか?親のものなのでしょうか?」に答えます。

「子供は社会のものである」と答えたいのですが、あまりにもきれいごと過ぎるし、そのような社会を望んでもいないようだし、制度も準備していませんよね、僕たちは。

でも、先に理想を言わせていただくと、これからは高校卒業までは授業料と医療は無料にして欲しいです。小生がフリーランスの職人であり派遣従業員と同じ立場なので、この二つの社会保障制度があれば、結婚をし子供も生むと思います。これは、本当に晩婚解消と少子化対策の一番の対処法です。

現在いまの家族はあまりよい意味ではなく「子供は親のものであり、親は子供のものである」ように思えます。

まず「子供は親のものである」ということから。
小生の友人、特に女性(年配の方々も同様に)たちは母親自身が達成できなかった理想を娘に期待しているようです。つまり娘に依存する母親。父親にもこのような人がいるのではないかと思います。

「親は子供のものである」ということは、日本は介護を子供がしなければならないという前提があり、そのために子供をつくるという人もいます。子ども自身が望んでいればよいのですが、社会から一方的に要請されると厳しいですよね。

つまり、日本人はあまり国や共同体を信用していないのかなあ。
他人に迷惑をかけたくないという美しい心からなのかもしれませんが、全部を家族だけで解決しようとする傾向があるように思います。

それが、家族どうしを必然的に依存状態に追い込んでいるように思えます。

先ほども書きましたが、自分たちの現実にできることの限界を考えて社会保障制度をつくらないと、「家族」は精神的な病をもたらす病巣になりかねないと思います。

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