心の病は、社会の病。

みんなが幸せに生きていけるように、より良い社会を求めて。

2010年3月16日火曜日

も一度、セカンド・オピニオンについて

こんにちは、上原です。

久々の投稿になりますが、以前何回か書いたセカンド・オピニオンについて、も一度ふれてみたいと思います。

しばらく前に、確か新聞だったと思うのですが、とある医師がセカンド・オピニオンについて発言されていました(うろ覚えですみません)。簡単に要旨をまとめると―、日本でもセカンド・オピニオンが定着してきた。もちろんセカンド・オピニオンにはいいところもある。でも、実は弊害もあるのだ、という内容でした。

セカンド・オピニオンはいいもんだとばかり思い込んでいた私にとっては、ちょっとした驚きでした。

では、セカンド・オピニオンの弊害とは何でしょうか……

セカンド・オピニオンとはまさに「セカンド」で、ファーストの次です。患者はファースト・オピニオンの信憑性を確かめるために、あるいはもっといい治療があるかどうか探すために、セカンド・オピニオンを求めます。実際には、ファーストとセカンドの意見が大きく異なることはあんまりないそうですが、それでも、それぞれの医師の意見が違うことはまま、あります。そうした場合、人間の心理として、どうしてもファーストよりセカンドを信じやすい、ということがあるというのです。セカンドの意見の方が結果的に正しい治療だった場合はいいですが、実はファーストの意見の方が正しく、セカンドは間違っていた、ということだって、あり得るのです。でも、人はついつい、2人めの意見を尊重してしまう……。これこそ、セカンド・オピニオンの弊害というわけです。

アメリカのように、患者一人ひとりが個人の責任のもとに徹底的に勉強し、医師と対等にわたりあうような国では(国民全員がそうというわけじゃないけど)、セカンド・オピニオンを鵜呑みにするようなことはあまりなく、ファーストとセカンドで意見が違うなら、どうして違うのか、どちらが自分にとって選択すべきより良い意見なのかを深く検討し、患者自身が自分の責任で結論を出します。

そこまでやる気があれば、もちろんセカンド・オピニオンは十分に意義があることですし、どんどんやるべきだと思います。でも、実際に、私たちはそこまでできるものでしょうか。

私はそんな風にできる患者さんは、日本ではまだ決して多くはないと思います。その理由は、単に日本人がアメリカ人に比べて患者が自立してないとか、勉強不足だとか、努力が足りないとか、そんな単純なものではなく、国民性だったり、文化だったり、とても根深いところからきているような気がするのです……。

そう考えると、あまり安易にセカンド・オピニオンをすすめるのはどうなんだろうと、疑問を感じるようになりました。

0 件のコメント:

コメントを投稿