心の病は、社会の病。

みんなが幸せに生きていけるように、より良い社会を求めて。

2010年3月17日水曜日

テーマは医療でも、話は医療にとどまらず

こんにちは。早川です。
これからはコミュニケーションの問題がテーマになるようですね。私は医学部に入る前の大学でメディア論で卒論を書いていて、コミュニケーションへの関心はライフワークなんです。ケータイ問題についても議論を展開していきたいです。

あと、議論がどうしても医療から離れがちなのは、子どもの心を巡る問題が、医療にとどまらないテーマだからだと思います。医療が扱うのは「病気」であり、病気とは「健康ではない状態」です。最近は、例えば医療機関への受診の増加傾向ということからも、病気を広くとり健康が狭くなっているような印象もあります(「なるべく自宅でみよう」から「すぐに病院へ」)が、たとえ医療がかかわったとしても病気が治れば医療から離れていくべきでしょう。しかし、医療の必要性がなくなったとしても、その人に支援が不要ということではありません。そのような支援に対して医療がアドバイスできることは多いと思いますが、支援のすべてを医療が担うということではないと思います。

例えば不登校について考えてみると、これは医療と教育、福祉の連携なくしては解決のできないことです。医療だけで抱えていれば、その子をずっと病気扱いすることになってしまいます。そもそも、不登校という現象を医療は「病気ではなく、状態」と捉えています。もちろん、不登校やひきこもりになる方の中に精神疾患を持つ方もいますが、「不登校=病気」では決してありません。

どうしても自分が健康であることに不安を抱きがちな時代なので、医療に期待されることは多くなるのですが、医療がその全てを抱え込むことは「病気」を増やすことになるだけであり、自制が必要と思っています。こういったことが、医療のことをテーマにしながら話が医療にとどまらない原因だと思います。

あともう一つ、純粋な医療の話をしていって、皆さんに関心を持ってもらえるのだろうか、と思います。例えば、不登校について言えば、「不登校治療の導入期、活動期、展開期、終結期の話」や「過剰適応型、受動型といった不登校の分類の話」などをするよりも、不登校になる子どもたちの様子や、親御さんの様子などの方が、興味を持っていだたけるのではないかと思うのです。医療は病気というある種の異常性を扱う領域なので、あまりに医療色が強くなると、一般の方はひいてしまうのではないでしょうか。一般の方に医療的なテーマを提供する時には、医療色は少し薄味にしないといけないと思っています。

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