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2010年3月15日月曜日

■早川先生(12):医師の責任と患者の責任

大森:ここ数年で、医師と患者の対話の重要性がいっそう叫ばれるようになりました。たとえば、いくつかある治療方法の中から、一つを選ばなければならない時、医師には説明責任があり、患者には選択権がある。昔のように、治療方法は医師が決定して、患者はただそれを受け入れるだけ、という形ではなくなりました。これは、患者の権利が尊重されているということで、もちろん良いことでもあるのですが、それだけに患者も自分自身で責任を持たなければならなくなった、ということだと思います。しかし、この図式が、日本の医療の現場ではどうもうまくいっていない気がしています。なんというか、日本人は権利の主張と責任の取り方のバランスがよくないというか……。

早川:確かにその通りだと思います。たとえば小児科で最近感じるのは、何でも「先生が決めてください」という親御さんが増えたということです。自分たちで自分の子供を診るという意識が低く、責任を取りたくない、何かあったら責任を取ってもらいたい、というニュアンスが感じられる時があります。でも、「医者の責任」はよく言われるけれど、「患者の責任」というものも当然あると思うんですよ。だけど、それは誰も言う人がいない。

大森:小児科だけでなく、全体的にも言えることですね?

早川:そうです。インフォームドコンセントにしても、現場はかなり混乱しています。本当に何でも、同意、同意、という感じ。時に、形だけの、「内容なき同意」になってしまっていることもあります。
 笑えない話ことですがこんな話を聞いたことがあります。ある病院で、患者から「カルテを主治医以外が見るのはけしからん!」という苦情が出て、「それなら、「他の科の医者もカルテを見てよい」という同意を取ろう」ということになった。ところが「カルテを自由に見られないようで治療にならない」という話になり、「カルテを自由に見てよい、という同意ができない患者は入院を拒否する」ということになってしまったそうです(今は変わったかもしれませんが)。これなどは現場の混乱をよく示していると思いますし、患者さんが自分の権利を主張しすぎて自分たちの不利益を招いた例でしょう。
私個人は、同意は本当に重要なものだけでよいと思います。あとは信頼関係の問題でしょう。いちいちサインをとるようになれば、結局、医者も責任逃れをすることにつながります。つまり現状では、「患者も医者もお互いに責任逃れをしている状態」。結局、患者が責任逃れに走ると、医者も責任逃れに走るんです。一番不幸な形ですよ。互いに、自分の責任を果たそうとしていない。
確かに、信頼できる医者に出会えない、という問題があるのかもしれませんが、そんなときはどんなに説明と同意をしても不信感はぬぐえないと思いますよ。むしろ、信頼されない医者が淘汰(とうた)されるようにすることのほうが大事でしょう。患者さんには、「自分の病気に対して、まず自分が責任を持つ(ex.軽症ならなるべく自分で対処する、一度対処法を教わったことは自分でやってみる)」「病院や医療のルールをきちんと守る(ex.院内で携帯を使わない、タクシー替わりに救急車を使わない)」といった、患者さんの責任を果たしてほしいです。

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