心の病は、社会の病。

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2010年3月15日月曜日

早川先生(10):子供は親が育てるもの?

大森:やっぱり、子育てにおいて家庭が果たす役割は大きいのでしょうか?

早川:確かに果たす役割は大きいですが、子育ての問題を家庭だけに押し付けることはできないでしょう。それに、家庭がこれだけ教育の中で大きな役割を占めだしたのは、多分戦後なんじゃないでしょうか。

上原:日本の家庭といえば、男性が働き、女性が家庭を守るという世の中は、戦後の国策だったようですね。税制をはじめ、あらゆる制度、社会のシステムがそれを促すようにできていたし。

早川:そうなんです。実は戦前の日本は、「女性も働け」という世の中で、女性の社会進出率は現代並みだったようです。そして、子育ては主におじいさん、おばあさんがやっていたんです。こどもを育てるのは、別に親じゃなくたって、いいんですよ。江戸時代なんかは、ムラ全体でこどもを育てていましたし、若衆宿とかこどもが学びあうコミュニティーもありました。だから「誰がこどもを育てるか」なんていうのは社会の中で柔軟に変わってきている話であって、「親が育てよ」と決めたのは戦後の話なんですよ。
そう言えば、以前文化庁長官の河合隼雄さんが、「韓国や中国の代表者と会ったら、彼らも“倫理のない個人主義”で困っていた」とおっしゃっていました。アジアは古来家族主義でやってきていて、家族全体でこどもの教育を始め、いろいろな問題を解決してきました。ところが第二次大戦後、アメリカ型の個人主義が流入してきて社会が変わり核家族が増えましたが、日本人はこどもの頃から個人主義教育を徹底されているわけではないし、個人主義に基づく倫理もないから、結局中途半端な個人主義――利己主義になってしまっている、というわけです。つまり、日本は中途半端な個人主義で家族主義になってしまっていて、その結果さまざまなゆがみが生まれてしまった。引きこもりの専門家で知られる斎藤環先生も、「東洋的な厳密な家族主義、あるいは西洋的な厳密な個人主義の社会なら、引きこもりは生まれにくい。中途半端な状態だからこうなってしまう」というような主旨のことを言われていました。
子育ての問題に置き換えると、戦後の国策として核家族化が急速に進みましたが、「社会で個人を育てる」準備ができていないまま大家族がなくなっていったので、問題が起きているんです。つまり、戦後の国策がこどもを核家族に押し付けたんです。

大森:だから、今さら政府の政治家たちが「家族の再構築」なんて言ったって、憤りを感じます。おかしな話ですよね。

早川:その通り。次世代育成の問題は国家にとって何よりも優先すべきことなのに、経済優先の国策で核家族化を進めておきながら、よく言うな、と思いますね。まずは今までの50年間を反省してから言ってくれと思いますよ。感情的にも許しがたい行為(笑)。ひどい話ですよ。
でも、別に変えたものはまた変えればいいんです。もう一度、以前のように社会で育てる形に変えていけばいいんですよ。

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