徐々に寒くなってきましたね、早いものでもう11月です。
街はやはくもクリスマスモードになっていますね。
クリスマスというとテレビのCMなどでは家族揃ってフライドチキンを食べる、などというシーンが毎度繰り返されるのですが…。
CMにもあるようにマーケティングでも個人と家族という単位は経済的土台を成すものなんですね。
一橋大学の学長でいらっしゃった阿部謹也先生が「世間」について面白い考察をされています。
日本人の行動規範は西欧的な「神」ではなく「世間」なのだそうです。
阿部謹也先生(Wikipedia)
この「世間」がうまく機能すると個人の社会生活も精神的にもソコソコ安定する、ということなのです。
つまり、故郷に錦を飾るとか、同じクラブに所属する仲間ならば恥になるようなことはできない、ということですね。
モノを大量に生産販売する産業文明において、私たちは核家族そして個人化を進めてきました。そうすると「世間」もあるのかないのかわからないようなものになり、日本人にとっての行動規範も曖昧なものになってきているのでしょう。
とはいえ、僕たちは一神教の神を信仰することも、仏教に帰依して出家することもできないので、やはりこの「世間」をつくっていくしかないのではないかと思うのです。
家族、Facebookつながり、仕事仲間、趣味やライフワーク、それぞれにいろいろ「世間」をつくる。とはいえ「世間」は五月蝿いし面倒臭いので、それぞれの「世間」にその都度逃避することができるようにする。
やっぱり、日本の文化は抽象的かつ絶対的ではなく、個別具体的かつ相対的なので、スパっとは割り切れず面倒くさいのは、しょうがないかもしれませんね。
そんな気がするのですが、いかがでしょうか?
2013年11月11日月曜日
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