心の病は、社会の病。

みんなが幸せに生きていけるように、より良い社会を求めて。

2012年7月26日木曜日

昨今のいじめ問題で驚いたこと

こんにちは、上原です。

前回の私の「どんな状況でも自分を持ってくじけずに生きられる強い心を」といコメントは、「フロイトの自我心理学」のような話だったと、早川先生のご指摘がありました。心理学の流れ的には時代遅れの感があるようですね。私はやっぱり、古いタイプの人間なのかもしれません(笑)。

それはさておき、私も昨今のいじめ問題について、少々、感じたことを述べておきたいと思います。大森さんも「激しい怒りを感じる」と書かれていましたね。私も昨今のいじめにはもちろん怒りも感じますが、どちらかというと「驚き」の方が強いです。

何が驚いたかって、まず、学校側の対応です。何の対策もとらない教師がいるのはなぜでしょう。なぜああいうことになるのか、本当に理解に苦しみます。でも、私が何より驚いたのは、いくつかのマスコミで報道されているような、被害者が自殺してしまった後の加害者側の態度です。いじめは昔からたくさんありましたが、被害者が亡くなってしまった場合、さすがに加害者は、焦ったり、反省したり、落ち込んだり、していたように思うのです。ところが、昨今は、ぜんぜん平気な加害者もいるらしい……。本当にそうだとしたら、これはとても恐ろしいことだと私は思いました。

2 件のコメント:

  1. 上原さん、こんにちは大森です。

    前々回に私は「心がないように思える人たち」のことを書きましたが、それは上原さんの「驚き」と同じものだと思っています。

    子供のいじめもするほう、されるほう、大人もパワハラなども同じで、いちいち感情を反応させていたら、生きていけない、だから無感情にする、つまり心など無いのだ、という姿勢です。

    それだけつらいことが多い社会なのかもしれませんね。

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  2. 大森さん、コメントをありがとうございました。上原です。

    なるほど、「心がないように思える人たち」とは、そういうことだったんですね。わかる気がします。

    ただ、言葉の問題かもしれませんが、本当に「心がない」「無感情」状態だったら、いじめをする気持ちもおきないと思うんですよ。

    他人をいじめるということは、自分の何かを守ろうとやっきになっている状態だと思うので、無感情ではない気がします。

    無感情、というよりは、やはり、人の気持ちがわからない、人の心に興味がない、ということでしょうか。まとまらなくてすみません。

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