心の病は、社会の病。

みんなが幸せに生きていけるように、より良い社会を求めて。

2012年6月10日日曜日

みんなが思っている「心」はもう存在しないのかもしれません。

こんにちは、大森です。
色々と考えていることが言葉にならずに投稿までの間が開いてしましました。まだ、うまく表現できないのですがまずは書いてみます。

早川先生と上原さんは、「人の心を思いやっているのではなく、自分が傷つかないため」と投稿されていますが、たしかに空気を読むということは、まずは自分が、次に誰も傷つくことがないように、その場を何事もなくやり過ごすための技術なのかもしれませんね。

でも小生は、今の若者にかぎらず年配の人達も含めて、ある一部の人達には、僕達が人間であれば共通に持っているだろうと思うような「心」というものが、もう無いのではないかと感じています。

人のことはかまっていられない、というのは、他人に心や気持ちがあるという前提なので、まだ共感の可能性があるのですが、もう、それが無い感じの人たちがいるように思います。

自分以外は、無機物のような存在だと思っているので、こちらの感情が伝わらないし感情そのものが何であるかわからない、というような感覚です。

相手との境界を設定する、と言うよりは、相手(心)など存在しないという感覚で行動する…そういう感じなんです。

ちょっと、そんなことをいま考えているんです。

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