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2010年3月16日火曜日

子供と向き合う時・大人と向き合う時

どうも、上原です。
早川先生、大森さん、ご投稿ありがとうございました。

まず、先生が大事なことは「子供たちと真摯に向き合うこと」と書かれていますが、なるほどやはりそれしかないだろうな、と思いました。「子どもたちはこちらが本気で向き合っているかをじっと見ています。逃げ腰だったり上の空だとすぐにばれて相手にされなくなります」とも書かれていますが、本当にそうですよね。

ちょっと話がずれますが、私は仕事がらミュージシャンの方のインタビューをすることが多いのですが、とあるジャズピアニストの方がこんなことをおっしゃっていました。「子供たちは大人と違って曲なんて何も知らなくても、僕らの演奏をエネルギー量や魂で判断する。これに比べると大人たちは知識や経験がある分、むしろただ感じたままで判断できないことがある」と。

要するに、相手の本気度を、子供は大人以上にずっと敏感に感じ取る力があるということだと思います。そういう意味では、医療の場面でも、芸術の場面でも、教育の場面でも、どの場面でも共通して言えるのは、やはり本気で向き合うことが一番大事なんですね。先生のご投稿を読んで、改めて思いました。

そういう意味では、何も子供に限らず、大人でもそうなのかもしれませんが、でもやはり、大人の場合、ただひたすら本気で向き合っても、何かこう、うまくかみ合わないことの方がかえって多いような気もするんですよね。そこで、早川先生への次の質問になってしまうのですが、心に悩みを抱える大人とお話する時は、どうなんでしょうか。たとえば、うつ病になってしまった働き盛りのサラリーマンの方とお話する時など、「休んでください」と言ったところで、「休めません。首になります」なんて答えが返ってくることも少なくないはず。そんな時は、どんな風にお話をされているのでしょうか。ケースバイケースかもしれませんが、よろしければお聞かせください。

と、最後にもう一つ。
大森さんが、「そこそこ生活できる、という希望も捨てたものではない」だから子供たちに生活できそうな技術や知恵を教えてあげようと書かれていました。

そこでふと思い出したのですが、誰か有名な人の発言だったかどうか覚えてなくて申し訳ないのですが、とある人の意見をここであげておきたいと思います。

それは、世間や教育の現場では、よく「自分のやりたいことを見つけよう」と子供たちに語っていますが、本当に大事なのは、むしろ「やりたいことが見つからなかった時に、どう生きていくかを知ることだ」という意見です。

これを聞いた時、私は本当にその通りだと思いました。みんなやってみたいことはあっても、本当にどうしてもやりたいことがある人の方が、実は少ないのではないでしょうか。それに、やりたくたって、できないこともあるし、できてもそれでは生きていけないことの方が、人生なんて実はずっと多い。

そして、やりたいことが見つからなくても、やりたいことをやってなくても、地道に生きているなら、なんら恥じることはないわけで、そういう生き方も価値あることなのだと、本当は思いたい。それこそが、大人の誇りなのではないでしょうか。

しかし、残念ながら、どうも今の日本は、そういう世の中になっていないようですね…。

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