心の病は、社会の病。

みんなが幸せに生きていけるように、より良い社会を求めて。

2010年3月17日水曜日

あなたの「心のよりどころ」は何ですか?

こんにちは。上原です。

「青少年の精神」に端を発し議論を重ねるうちに、話はいまの日本の根底に横たわる社会問題に及び、どんどん深くなってまいりました。

過日、このブログをご覧になったたろうさんからコメントをいただき、「濃密過ぎてぱっとついていけない。第三者が話題に絡みづらい。医療から微妙に離れている」とのご指摘がありました。この件につき大森さんもコメントしていましたが、確かにたろうさんのおっしゃること、よくわかります。今後、引き続きこのブログをより良いものにしていくにはどうすれば良いか、改めて3人で考えてみたいと思っています。

と言いつつ、せっかくここまで話を掘り下げてきたので、とりあえずもうしばらくこの議題で話を続けてみたいという気持ちもあり、読んでくださる方々には、もうしばらくおつきあいいただければ幸いです。

さて、早川先生が書かれていた次の文を読んで、ふと感じたことがあったので、今回はそれについて書かせていただきたいと思います。それは「かつては家族が、基本的な心のよりどころであった」というところです。その下りを読んで、ようするに、人々が精神的に元気に生きていけるかどうかは、「心のよりどころがあるかどうか」がカギだと思った次第です。

「心のよりどころ」は人によって違っていて、「仕事」という人、「お金」という人、あるいは「芸術」という場合もあるでしょう。「地位」「評判」「名声」「インターネット」という人もいるのかもしれないし、大森さんがふれられている「社会的な安心」も、よりどころの一つと考えられるかもしれません。

この「心のよりどころ」を、おかしなところに設定すると、人の精神はおかしな方向に突き進み、やがて壁にぶちあたるのではないでしょうか。個人的な実感としては、普通の人間が生きていく上で本当の意味で心のよりどころとなり得るのは、やはり人と人とのつながりでしかあり得ないような気がしています。もちろん、単なる知り合いや、うわべのつきあいではだめで、深い、しっかりとしたつながりでないと意味はないです。だから実際、心のよりどころが「家族」という人は、多いと思います。そして家族が(家族じゃなくても、真に親しい人でも)しっかりと心のよりどころとなっている人々は、少々お金が足りなくても、少々将来が不安でも、少々からだが丈夫でなくても、精神的に健康に生きていける確率は高いのではないでしょうか。

近年、「人生がうまくいかないから、誰でもいいから殺したかった」こんな風なセリフを最近耳にすることが増えてしまいましたが、そんな人たちにも、本気で話し合える人が一人でも近くにいたら、別の結果になっていたのではないかと、どうしても感じてしまいます。

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