こんばんわ。早川です。
「テーマ別討論」という方針は、私も賛成です。この方が私もやりやすいですね。さて、まず最初のテーマは自己愛ですね。
●自己愛の安定が重要
「自己愛の問題」と言うと「自己愛って持っちゃいけないのかな」というように思われがちですがそんなことは決してなく、「病的で不安定な自己愛が問題」と言うのが正しい表現でしょう。自己愛がなくては人は安定して生きていけないでしょう。
自己愛がどのように生まれるかと言えば、この世に生まれてからの周囲との関わりの中で「自分は大事にされている」と感じることが重要だと思います。子どもは、周囲の人たち(主として家族)に大切に育まれる中で健全な自己愛を育んでいく、という理解でよいと思います。命名それ自体と言うよりも、「自分は大切な名前をつけられている」と感じられることが重要でしょう。
さて、このような健全な自己愛の成長が行われず、「おまえなんて必要ない」「いなくたっていいんだ」と感じながら育つのが虐待(その中でも心理的虐待と呼ばれます)ですが、このように育つと非常に傷つきやすい自己愛となっていくのは容易に想像できると思います。ちょっと物事がうまくいかないだけで、簡単に「私はいなくていい存在」と考えてしまいますよね。反対に、大事に育てられすぎると言うか、現実の壁に全くぶつからずに育っていってしまうと、「私は全く間違わない」「私はいつだって完ぺきだ」と固く信じるようになってしまう。これは自己愛の肥大化と言えるでしょう。こうなると、他者の意見に耳を傾けなくなるし、他者に対して非常に攻撃的になってしまう。
このようになってしまうと、なかなか安定して周囲と関係を営むことは難しくなる。その結果、非常に不安定な情緒を抱えながら社会の中で生きることになったり、もしくは「社会の中では傷つくから」ということで社会に出ないことを選ぶ方も出てきます。いわゆるひきこもりですね。
この、「傷つきやすい自己愛」と「肥大化して尊大な自己愛」は、真逆なようで実は「自己に対する強い関心」という意味では同じこととも言えます。いわば「病的な自己愛の裏と表」のような感じです。「尊大な態度を取っていた人が些細な失敗で深く傷つき、見ていられないほどに落ち込んでしまう」とか、「非常に傷つきやすい人がその傷つきやすさに隠すような形で尊大な態度を取る」ということを見かけませんか?
ですので、自己愛というのは安定してある程度の範囲内に収まっているのが健康的な状態ということになります。誰しも人格的に攻撃されれば自己愛は傷つきますが、それが度を過ぎた傷つきにならずにある程度の範囲内で収まれば、異常な反応をしたりしないで済むわけです。
“モンスターペアレンツ”と呼ばれる現象は、それだけでいろいろと示唆に富む現象なので深くは述べませんが、子どもは小さければ小さいほど親の存在は絶対なので、親がモンスター化してしまうとその親のやり方を自然とマネしてしまうのではないかと思います。親のやり方に対して違和感を抱いて悩むのは、ある程度成長してからになるでしょう。また、モンスター化してしまう親御さん自身、自己愛が傷ついてしまっているのではないかと思います。
次回は今回に引き続きバーチャルと自己愛の関係についてお話します。
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